平成29年4月24日記者会見

公開日 2017年04月24日

更新日 2017年04月24日

平成29年4月24日記者会見結果

日時 平成29年4月24日 金曜日 午前11時 開始
場所 市役所 第2会議室
内容

市長の発表項目

  1. 平成26年(ワ)第191号及び第192号損害賠償請求事件の判決言い渡しについて
    【資料No.1 鵜住居地区防災センター訴訟について[PDF:406KB]

  2. 釜石市魚市場の供用開始について
    【資料No.2-1 釜石市魚市場式典について[PDF:257KB]
    【資料No.2-2 施設全景[PDF:656KB]
    【資料No.2-3 釜石市魚市場事業費について[PDF:127KB]

  3. 深夜乗合タクシー「カエっぺタクシー」について
    【資料No.3 深夜乗合タクシー「カエっぺタクシー」の運行について[PDF:314KB]
    「カエっぺタクシー」リーフレット[PDF:1,075KB]

情報提供項目

市長発言要旨

お忙しいところ、ご出席をいただき、ありがとうございます。本日は、3つの項目について、発表させていただきますが、その前に、来る5月5日は市制施行80周年となりますことから、初めに、そのことについてご紹介をさせていただきます。当市は、昭和12年5月5日、盛岡市に次いで県下で2番目に市制を施行し、本年で80周年という記念すべき節目の年を迎えております。また、安政4年(1857年)、盛岡藩士大島高任が大橋地区において洋式高炉による出銑に成功して以来、近代製鉄業の発祥の地として160周年を迎える年でもあります。今年度は、これらを踏まえ、これまで先人たちが幾多の試練を乗り越え、築き上げてきた歴史を市民の皆様と振り返る機会にするとともに、釜石市復興まちづくり基本計画の後期4年のスタートの年として、復興を更に加速しながら、次世代に誇れる自立したまちの実現に向け、全力で取り組んでまいります。なお、市制施行80周年の記念式典につきましては、新しい市民ホールで開催を予定しているほか、各種の記念事業につきましては、5月3日から郷土資料館で開催する記念展を皮切りに、年間を通して実施してまいりますが、事業の詳細につきましては、今後、広報かまいしや市ホームページなどで広く周知してまいります。

それでは、本日の記者会見項目を発表させていただきます。

1つ目は、「平成26年(ワ)第191号及び第192号損害賠償請求事件の判決言い渡しについて」であります。資料1をご覧ください。「東日本大震災の津波で指定避難場所ではない鵜住居地区防災センターへ逃げ込んだ家族が津波の犠牲になったのは、釜石市が正しい避難場所の周知を怠ったため」などとして、遺族2組がそれぞれ当市に損害賠償を求めていた訴訟について、これまで、12回の口頭弁論と証人尋問に対応してまいりましたが、平成29年4月21日に盛岡地方裁判所にて判決言渡しがありました。判決内容は、「原告の全ての請求を棄却する」「裁判費用は原告の負担とする」というもので、これまでの口頭弁論等で市が行ってきた主張が認められた結果となりました。しかし、鵜住居地区防災センターで多くの方々が亡くなっていることも事実であり、遺族の心情を思えば、こうした事態になったことは誠に残念なことと思っております。現在は、震災後6年間にわたり市が進めてきた、「未来に伝える教訓の明確化」を目的とした震災検証から得られた教訓に基づいて、同じような災害が起きても同じ悲劇を二度と繰り返さない、犠牲者を出さないことを目指した安全・安心なまちづくりへの取組みを進めておりますが、今後もさらにその取組みを強化していきたいと考えております。

2つ目は、「釜石市魚市場の供用開始について」であります。資料2をご覧ください。このたび、魚河岸地区に新釜石市魚市場が3月に竣工したことを受け、5月16日、関係者等約70名をお招きして、供用開始式典を開催することとなりました。新魚市場整備事業は、生産・流通の効率化、品質・衛生管理の高度化により、良質な水産食料の供給等を行うとともに、鮮度管理や陸揚げ機能の強化によって水揚げの増大を図り、「魚のまち」復興、再生の拠点と位置付け、これまで整備を進めてまいりました。新たな魚市場は、震災によって全壊した「魚河岸魚市場」の跡地に建設されましたが、施設の規模につきましては、建設面積が約6,300m2、構造種別は鉄骨造りの地上2階建で、幅約165m、奥行き約35m、最高地上高12.7mとなっています。また、鳥獣等の侵入を遮断する「閉鎖型」構造となっており、構内では排ガスの出ないバッテリー式フォークリフトを使用するとともに、殺菌冷海水を常時使用することで、高度な衛生管理が図られることとなります。新魚市場の整備費用は約36億7,500万円で、水産庁の水産流通基盤整備事業を活用しております。震災以後、これまで当面の措置として第2魚市場において荷捌き業務が行われてきましたが、新たな魚市場の完成によって、魚市場機能の本格的な回復と産地魚市場としての機能強化が図られることとなります。今後は、新浜町魚市場と魚河岸魚市場の2場体制となり、水深の深い新浜町魚市場は秋刀魚船等の大型漁船、魚河岸魚市場については地元定置網漁船が水揚げを行うよう機能分担をしながら、効率的に運営してまいります。なお、一般市民を対象とした施設公開行事については、式典開催後、日を改めて開催することで準備を進めておりますので、日程が確定次第、別途お知らせいたします。

3つ目は、「深夜乗合タクシー「カエっぺタクシー」の運行について」であります。資料3をご覧ください。深夜乗合タクシー「カエっぺタクシー」が5月12日の金曜日から運行を開始いたします。この事業は、飲食店街乗合交通モデル運行事業として、被災した飲食店街の復興の後押しと、夜間のタクシーや運転代行の長時間の乗車待ちの解消を目的に実施するもので、9人乗り乗合タクシーの運行及びデータ収集等を一般社団法人岩手県タクシー協会釜石支部に委託し、民間事業での本格実施に向けたモデル事業として実施するものであります。運行期間は、5月12日から10月27日までの毎週曜日、23時と午前0時発の2回運行とし、「釜石漁火酒場かまりば」を出発点として、上大畑を終点とする甲子ルートと平田第6仮設団地を終点とする平田ルートの2ルートで運行します。運行ルートの詳細は別添の資料をご参照願います。当事業は、本格実施に向けた貴重なデータ収集の場となることから、多くの方にご利用いただき、様々なご意見をいただきたいと考えております。皆様も是非ご利用いただきますようお願いいたします。以上をもちまして、私からの発表を終わります。

質疑応答

《平成26年第191号及び第192号損害賠償請求事件の判決言い渡しについて》

質問:今のお話の中で「遺族の心情を思えば、こうした事態になったことは誠に残念」とありましたが、「こうした事態」というのは、裁判に原告らの主張が棄却されたということでしょうか、それとも多くの方が亡くなっていることなのか、何を指しているのでしょうか。

市長:両方ですね。多くの方が亡くなったということと、こうした裁判で棄却になったということですね。

質問:原告のご遺族の方は、一部控訴という方針を示していらっしゃるんですが、そのことについてはどのように感じていらっしゃいますか。

市長:私としてはこの防災センターで多くの方が亡くなったということを受けて、当時から多くの皆さんをはじめ、地域の人たちにお話をしてまいりました。そのことを踏まえて、二度とこうした悲劇を起こさないような、安心・安全なまちづくりの防災体制を進めていくことをお約束しています。市民の皆さんと約束したことを、誠実に真摯に取り組んでいくことに尽きると思っておりますので。引き続きそういう考えで取り組んでいきたいということです。

質問:控訴ということになっても、今までの主張はそのままで。

市長:はい、そうしたいと思います。

質問:盛岡での会見で市長が、行政に限界があったとおっしゃいましたが、行政の限界というのはどのようなことを指していたのでしょうか。

市長:防災センターで、多くの方が亡くなったということの部分で取り上げさせていただきますと、例えば防災センターが一時避難場所では無かったということについてもっと広く、また、もっと強くメッセージを発するべきだったということ。一人でも犠牲者を出さないという意味では、そういったメッセージを強く出すということも必要だったと思います。ただそういった部分で住民の皆さん、あるいは、極端に言えば通りすがりの方も含めてとにかく一人でも犠牲者を出さないということで、そうしたメッセージを発して、それを理解していただく。市民一人一人、地域の一人一人に。そういった意味では限界があったと言わざるを得ません。それから例え防災センターと名前が付いても、非常に曖昧な安全。高台にあるのであればある一定の安全の確保がされると思いますが。そうでない場所であるならば、防災センターという誤解をされるような名前は避けるべきだったということについては今言えるわけですが、当時としてはそういう想定まで至らなかった。そういった意味での反省というものもあります。ですから何点かあるわけですけども、いずれも出来るだけ様々なことを考えながら、あるいは最悪な事を想定しながら行政として取り組んでいくべきだと思います。ただその時代、その時その時で、限界というものがある。それは今だから言えるわけですが、当時としての限界というのがやっぱりある。今、我々が当時のことを思い出しながら、そうあってはならないという教訓を生かして何かやったとしても、それが本当に我々が想定出来るものに成り得るかどうか。ここにもやっぱり限界があるのではないかと思います。ですからこれは永遠の課題だとは思いますが、ただ精一杯我々としてはそこに限界があるということを理解しながら、それでも最大限そうならないような仕組み・取り組みをしていく。そういう使命が我々にはあるんだと、改めて感じているところでございます。

質問:元々この施設は2007年に、「津波避難施設」として当時の内閣府・国の補助事業に立候補するとして始めた。何とも皮肉なことに、そこでこれだけ大勢の犠牲があった。その補助事業は結局は採択されなかった。その後の過程で、消防関係の予算ということで、なんとか財源を確保した。当時、市はかなり財政がひっ迫したと思います。市民病院の統合もありました。そう考えると、行政の限界はそこにあるのではないかと思う。予算措置的な問題は今も変わらないと思うんです。その辺はいかがですか。

市長:そういう意味での限界はもちろんあるわけですけども、例えば名前の付け方とか、あるいはそこに設置をする・建設をするっていうのは、市の責任の名の下にあるわけですから。財源の問題もありますが、そういった決定とその責任はやはり行政にあると思います。限られた財源の中で、やりくりをしていかなければならないという制限はもちろんありますが、そのことと今の安全確保という点では、例えば強くメッセージを発信するということでカバーを出来るわけですから。確かに財源の制限はあるし、その中で100%安全なものを構築するというのは確かにあったと思うんだけども、それとこれは筋が違うかもしれませんね。

質問:今の限界というところに関連なんですが、今回の場合で言うと、実際にチリ津波の時に逃げている方もいて、疑問を呈するメールが庁舎内に回っていたわけじゃないですか。そこも考慮されなかったと思うんですけども、行政が出来ることの限界と言ってしまって良いのでしょうか。どう考えられますか。

市長:だから当時としてはね、基本的な解釈がどうかということになるんですが、多分当時としては市職員も避難場所というよりは、一時的な立ち寄り場所という受け止め方をしていたと私は推測します。ですから事実関係を調べながら判断しなければならないだろうと思う。従って当時は全体としてそういったものを容認してしまう状況・雰囲気があったと思います。それは今だから言えるわけでして、鵜住居の場合は生存した方とか地域の証言とかあるので、そういったことがわかるけども、例えば他の場所では避難場所自体が被災して多くの方が犠牲になってる場所もありますよね。そうするとそういう状況というのはまったく分からない。少なくとも鵜住居の防災センターに関して言えば、今だから見える様々な視点というのがあって、当時としてはやっぱりそういった意味での限界というのがあった。それはただ単に限界として一言で済ませる問題では無いので。そこが教訓であろうということで、調査報告書にもそういった点からいろいろと指摘されています。だから私たちとしてはそこを取り上げて、二度とこうした悲劇を起こさないように、行政としての最大限の取り組みをしていくという決意で望んでいる。ただ、今の限界というものがありますよね。例えば、全職員が防災士の資格を取るんだと言いながら、言葉ではそうすべきだと言っても現実には課題があって、必ずしもそれが出来ない状況もございます。これは永遠の課題だと思うんですが、それを限界だとか課題としてそこに留まらず、それを踏まえながら前を向いていく・取り組んでいくという姿勢は忘れてはならないことだと思いますね。

質問:市長の報告書の方にもありました。その報告書が出たのが大分前で、その時犠牲者数とか逃げ込んだ数、推計の数について今回の関連報道を見ていると、196人が逃げ込んで162人が犠牲になったという数字が出ている。聞いたところ昨年の3月の段階で、市と遺族連絡会が精査して数字を確定させたとのこと。ちょっと疑問に思うのが、なぜそれを発表しなかったのかということなんです。報告書出しっぱなしではなくて、数字をある程度固まった段階で公表すべきだなと思って。今回の判決の報道でその数字が変わっていることを初めて知ったという遺族の方もいた。遺族連絡会の方はそこを疑問に思っているんですけども。

回答:発表する機会、どのタイミングで発表すれば良かったのかというのが特に無くてそういった形になった。

質問:報告書を出した時点で良かったと思う。遺族連絡会と市が信頼関係を築いて、あの数字が出てきたと思う。今回、昨年の3月にさらに数字を変えていた。共同作業で出した数字を法廷で出さないで、今回の判決になってしまった。そこでオープンになるというのは、築き上げた遺族連絡会との信頼関係を崩してしまうんじゃないか。

回答:連絡会の方には数のご報告はしてあります。

質問:それが市と遺族連絡会だけで共有されるのは良い、共同調査で出た数字ですので。判決が無ければ、数字が変わっているのが全く表に出なかった。今ネット上で公表されているかつての報告書の曖昧な数字が世間に一人歩きしていたと思う。

回答:そもそも、248という数字自体が推計なので確定ではない。今回についてはあくまでも248という数字を尊重した上での、そこから避難してないとご連絡のあったものを引いていった数字です。確実に196人が避難したというようなことはまだ言えないと思いますし、これからも情報があれば、数字というのは動くものだと思っております。

質問:そうすると今回の196と162という数字は、まだ確定はしてない。

回答:そうですね。

質問:動く可能性があるから、公表するものではないと。公表する段階では無かったと。

回答:そういうわけではない。公表するタイミング。まず連絡会にはお伝えはしていましたので。

質問:その連絡会の方から、公表してくれという働きかけは無かったんですか。

回答:無いですね。

市長:市内で亡くなっているのは防災センターだけじゃない。追悼式にはそういった方々も含めて名簿をチェックしていますので。あの3.11以降、関連死の部分でも、追悼式の遺族名簿には亡くなった方々の名前が載っています。行方が分からない方々でも、確定してる部分については名前が出てきますから。ただ、そこは防災センターで亡くなった方だけということではなくて、3.11で亡くなった方、皆ですので。防災センターについては、遺族連絡会に伝えているということですから、公表してないということではない。

質問:一部の連絡会の人はそこの認識が違うかもしれない。連絡会として公表するわけにはいかないから、市として発表の機会を作ってくれというような働きかけの話。その遺族連絡会との信頼関係というのは市長としてはどのように維持しているのか、問題ないのか。この前の祈りのパークの建設予定のことで、記者会見発表を先にやって、連絡会では直接市から連絡などもらってなかったのでがっかりした、ということなんですけども。

市長:その信頼関係ということについては、調査報告をつくる段階では、方向性を一緒になって突き詰めていくという姿勢の連携はできていると思います。行政と遺族の皆さんとの関わりの中で、様々な意見交換をしながら取り組んできたという意味では一定の信頼関係はあったと思います。今でも一定の信頼関係は維持しているものだと私は思っています。ですから、祈りのパーク検討委員会にも遺族連絡会の会長さんに来ていただいております。特に何か行政に対しての提言とかあるのであれば、いつでも我々は門戸を開いてお聞きします。

回答:何かあればお伝えするようにしていました。今年の3月11日に防災センターの跡地を立ち入り可能にしたということもご連絡差し上げて、広報等にも載りましたけども、多くの方々がいらしてくれたということは、我々の情報が届いているということだと思います。献花用の花を200用意したが、それも足りないくらい。それもこちらの思いが伝わったからと思っております。

質問:防災センターに逃げ込んだ数と亡くなった数ですが、今まで取材したのをもとにすると、防災センターに逃げ込んだ人たちが当時200人以上いたと証言している。それから1年後に集まった人たちの写真には300人近く集まっているのがわかる。これくらいの混み具合と証言した人もいますので、その話をまとめると、逃げ込んだ人は多分200人以上と推察される。調査委員会で名前と共に確認できたのが少なくとも今まで196人、そのうちの162人が亡くなられた。現時点での解釈はそういう認識でよろしいですか。

回答:違います。200人以上と証言なさっているのは、私が知っている限りお一人しかいないので。数十人とか100人とか、その方々がどこにいたかによって感覚が違うので。248という推計値もかなり広げた数字です。その方々全て行ったかどうかというのは分からない状況です。

質問:行ったであろうも含まれているんですね。

回答:そうです。いろんな区分けがあるんですけれども。

市長:基本的には、調査委員会が報告書にまとめた通り。それは我々も認めましたが、その部分は基本的な考え方で良いんです。ただそれが事実かどうかは分からない。あくまでも推定で、そのぐらいの方々が逃げただろうと。そこから確実に分かった方々、証言があったのを引いていった数なんです。引いて残った方々については、あくまでも推定なので。

質問:196人が逃げ込んだうち162人が亡くなられたのは、現時点で一番固い数字だと。

回答:固いとはまた違う。元々の土台がはっきりしないところ、推計も含んでますので。

質問:現時点でその調査で固まった・確認されているのは少なくとも196人。

回答:確認というのは、推計という意味が入ってある。今回の訴訟の判決の関係で、いろんな方からお電話をいただいて必ず言っているのは、あくまでも推計ということです。その数字を大切にされるというのは分かるんですけども、そもそも可能性がちょっとでもあれば中に入れたというがその数字ですので。

質問:今の196人は、少なくとも、いなかったのではないかなと推定された数を引いていって、196人と出ているわけですよね。

回答:そうですね。推計の最大値。

質問:通常公的な報告書は、広報や情報公開の姿勢から言えば、市のホームページに上げるのと同時に、記者クラブなどが間違った報道をしないように情報を出すのが自治体としては普通ですよね。だからぜひ、そういうふうにしていただければ、我々も正確な報道も出来るので。行政事務レベルでは、記者クラブの幹事社と行政の間でいろいろと話が進んでいるんですけども、先程の鵜住居のメモリアルパークの委員会が今度の28日の夕方にあります。これプライバシーだからということで、冒頭のみの公開になっています。私は福島で5年間、原発被災地で取材しましたけど、そこでも同じように震災遺構やメモリアルパーク、慰霊施設のために大学教授や被災者を集めて議論してますが、基本的には公開です。それを非公開というのは個人の名前が出る訳でもないし、有り得ないので。そこを前向きに改善していただければと思います。よろしくお願いします。

回答:それは委員の皆様にお測りした上で、公開する方向で調整を進めたいと思います。

市長:ただ中身まではね。いろいろな方々に影響が及ぶ場合もありますのでね。

質問:個人名が出るんですか。

市長:個人名というか、委員の方々がどんな発言をしたかというのが公になることによって、いろいろと波紋が広がる場合もありますので。我々は良いんですが、委員の方々にご迷惑を掛けるということで。そういう場面の時は非公開。

質問:記者クラブとの信頼関係がある。例えば、その当事者なり行政の方がそういう注文をしていただければ、そのように対応しますのでよろしくお願いします。また、今回の判決などで、周知や避難訓練実施、防災センターの名称、過去の津波被害などそういったところで市の主張が認められた、ここに過失はないという判決・判断なんですけども。やはり報告書の中でも市の責任は重いというふうに指摘されております。鵜住居川から200メートル、海からはわずか1.2キロというところに防災センターという名前の建物を建てるというのは、やはり当時の基準から言っても、市長は危機意識が甘かった。それと行政の限界があったとおっしゃいますけど、やはりこれは責任が重いと言わざるを得ない。法的な責任は無いと先程おっしゃいましたけども、道義的な責任はあると思うんですが、それに関してはいかがですか。

市長:道義的なことについて、今だからいろいろと欠点があったということについては、申し上げています。当時からいろいろな可能性に踏み込んで検討すれば、少しでも尊い命が救えたかもしれない。その思いの中で、遺族の皆さんには大変申し訳なかったということについて、お詫びを申し上げたところです。ですから道義的なところについては、市長としての危機意識の甘さ。それは私だけでは無くて、市の職員の甘さもいなめないと思っています。だからこそ、こうしたことが無いように改めて危機意識の醸成と防災センターでのさまざまな教訓を忘れることなく次の世代に伝えながら、そして誰一人犠牲にならない安心・安全なまちづくりに取り組んでいくという決意をさせていただきたい。

質問:道義的な責任というところについて、震災直後の住民説明会では、今回裁判で市の方が否定されていることも、資料なんかで反省点を挙げて、市長もその場で謝罪というか説明をされたと思うんですけれども。改めて危機意識の甘さというふうにまとめてしまっているんですが、どういうことを市の責任として感じているんですか。

市長:先程の限界という言葉もそうなんですけども、想定できなかったということでひとくくり話をさせてもらったんですが、そこだと思うんですね。想定できなかったということが、要は問題ですよね。可能な限り想定すべきだし、また可能なかぎりそれに沿った対応をしていかなければならないということです。そういった意味で、市長として市としての対応の甘さということについて、反省をしてるということ。その時にやれる最大限の可能な範囲で取り組んでいくという姿勢というものが、これから求められるということだと思います。そこは決して100パーセントではないと思うんです。だけど100パーセントを目指して取り組んでいくというのが我々に課せられた責務であり、使命であるということだと。

《釜石市魚市場の供用開始について》

質問:事業費が36億7500万円で、補助率が2分の1ということは、半分は市のお金。

回答:その他にも補助がある。

質問:市の純粋な負担はどれくらいですか。

回答:詳細な資料は手元に今ありませんが、5,000万円位だったと思います。

《深夜乗合タクシー「カエっぺタクシー」の運行について》

質問:運行初日はイベント的なことはなにかなさるのでしょうか。

回答:深夜ですので、特には。

質問:チラシに可愛らしいカエルのマークがありますけど、このマークを付けてやるんですか。

回答:これはシンボルキャラクターなので。案内にも付けています。

質問:ちなみに、こういう事業を始められたということは、苦情とかあったんですか。

回答:お客様からもさまざまな声があり、やってみるというかたちになりました。

質問:2台で運行するということですか。

回答:はい。

質問:そもそも、何でタクシーや運転代行の台数がこんなに少ないのですか。

回答:震災で車も流れてしまったので。

質問:震災前はそんな苦情は無かったんですか。

回答:ありましたが、徐々に減ってきてはおりました。東部地区のタクシー屋さんや代行の車も結構被害が出ましたので、それで人手不足に。

質問:これは市の予算としては。

回答:当初予算では260万円になります。

質問:委託ですか。

回答:はい。

質問:どこに降りても1,000円ですか。

回答:区間内であれば。

質問:1,500円になるところもあるんですよね。

回答:はい。中心市街地から見て県立病院から向こうは1,500円なんですが、それ以内の区間であればどこで降りても1,000円です。

《その他》

質問:ラグビーのことに関して、市長から一言いただきます。ラグビースタジアムの着工ということなんですけど、ここへ来てのお気持ちをお聞きしたいのと、途中でスタジアムに関してリクエストなどが来ましたが、それはどういうふうに決着したのか。

市長:2019ワールドカップ釜石会場決定以来、何とか釜石にスタジアムを建設しようということで、本当に関係者の皆さんのご指導とご協力をいただきながら取り組んでまいりまして、改めて関係者の皆様に感謝申し上げたいと思います。そしてその日を待ち遠しく待っていただいた地元鵜住居地区におきましても本当に大きな喜びだと思います。鵜住居小学校、それから東中学校の竣工式も終え、復興のシンボルとして地域の皆さんも大変喜んでいました。今回はさらにそれに続いて、いわゆる鵜住居小学校と東中学校の元あった場所にもう一つの復興のシンボルが建設されるわけですから、復興の象徴的な施設が2つも鵜住居に出来つつあるということになります。我々はやっとここまで来たなという思いです。もちろんラグビーの組織委員会などからご指摘とかご提言があったんですが、それについても我々としては被災地で、しかもグラウンドも可能な限り財源負担のないようなかたちで、そしてまた復興の後押しをするというかたちで進めてきたところです。過度な負担というのは到底無理なわけですから。そういったところについても、組織委員会とお話をして、一定の理解を得られた中で、何とか市として取り組めるところまでたどりついたと思っています。もちろんこれで終わりということではなくて、もっとこれからも課題が出てくると思いますが、引き続き地域の皆さんとそれからラグビーの応援者と共に、スタジアムの完成に向けて、そしてまた成功に向けて、取り組んでいきたいと思います。5月10日にグループ分け、それから9月にマッチスケジュールがあるので。その9月のマッチスケジュールが決まれば、より一層盛り上がりに拍車が掛かると思います。まあ是非それを皆さんと期待しながら、これからさらに盛り上がりをどう作っていくかというのを検討していきたいなと思っています。この間の実行委員会の設立の後に交流会があったんですが、あの時は知事と私と皆さんで、日本代表のジャージを着て、浜千鳥の樽酒の鏡開き。ジャージを着るとまた雰囲気が変わりますよね。ですからそんなイベントをこれからもっとやっていきたい。5月31日には、北上から椅子を運んでくる。北上市からマラソンして。

質問:何の椅子ですか。

回答:国立競技場で使っていた座席ですね。

市長:5月27日にはリッチー・マコウさんというラグビー界のレジェンドの方が釜石市でイベントをする予定があります。

質問:ニュージーランド代表のキャプテンの人ですね。

回答:そうです。

質問:釜石にいると、今一ついよいよという感じが薄い。カウントダウンボードとか、そういうのは無いんですか。

回答:今考えています。高校生と一緒に作る方向で考えていました。

質問:いつぐらいから。

回答:秋ぐらいにお披露目出来るように。

質問:じゃあ、9月のマッチスケジュールの後ということですね。

回答:そのぐらいの時期になると思います。

以上

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