できごと

天正19年
(1591年)
市の中北部が南部藩領、唐丹地区が伊達藩領となる。
元禄14年
(1701年)
南部藩、釜石に海辺大奉行を設置。この頃から江戸・長崎方面に向けた海産物の移出が盛んに行われる。
嘉永6年
(1853年)
近世最大の農民一揆である三閉伊一揆がおこる。
安政4年
(1857年)
大島高任、大橋で我が国初めての洋式高炉を建設。同年12月1日、出銑に成功。
明治6年
(1873年)
釜石と小白浜に郵便局開局。釜石小学校創立。
明治7年
(1874年)
官営釜石製鐵所の建設始まる。
明治13年
(1880年)
工部省釜石鉄道(釜石港-大橋鉱山間)が開通。
明治16年
(1883年)
官営釜石製鐵所が廃業。釜石で大火、600軒焼失。
明治17年
(1884年)
田中長兵衛、釜石鉱山の再興に着手。
明治19年
(1886年)
吹入49回で出銑に成功。高橋亦助の功績顕著。
明治22年
(1889年)
平田村と釜石村が合併し、釜石町となる。
明治29年
(1896年)
三陸沿岸に大津波が来襲。死者6,687人。
明治44年
(1911年)
釜石鉱山専用鉄道(大橋-鈴子間)が開通。
大正2年
(1913年)
釜石電気株式会社が開業。仙人峠で鉄索運搬開始。
大正4年
(1915年)
岩手軽便鉄道が全通(花巻-仙人峠間)。
大正9年
(1920年)
県水産試験場が宮古から釜石に移設される。町立釜石実科高等女学校創立。
大正13年
(1924年)
笛吹峠経由による釜石-遠野間の自動車運行始まる。
昭和5年
(1930年)
昭和園グラウンドが開場。
昭和8年
(1933年)
三陸大津波来襲、死者 183人、行方不明者 224人。町立釜石商業学校が開校。
昭和9年
(1934年)
釜石港が開港される。日本製鐵株式会社の設立により日鐵釜石製鐵所が発足。
昭和12年
(1937年)
市制施行、人口4万 388人、世帯数 7,700。須賀の埋立て工事、防波堤工事が完了。
昭和14年
(1939年)
市立釜石工業学校開校。山田線全通。釜石駅開業。
昭和16年
(1941年)
県立釜石中学校開校。太平洋戦争勃発。NHK釜石放送局がラジオ放送を開始。
昭和20年
(1945年)
2度にわたる艦砲射撃を受け、死者 700余人、重軽傷者327人、全焼家屋2,930戸、全壊家屋 180戸。
昭和23年
(1948年)
アイオン台風で山田線不通となる。
昭和25年
(1950年)
国鉄釜石線全通。日本製鐵(株)の分割により、富士製鐵(株)釜石製鐵所が発足。
昭和26年
(1951年)
釜石港が重要港湾に指定される。
昭和30年
(1955年)
釜石市、甲子村、鵜住居村、唐丹村、栗橋村の1市4村が合併。
昭和32年
(1957年)
公共下水道工事始まる。橋野高炉跡が国の史跡に指定。
昭和33年
(1958年)
橋上マーケットが完成。75店舗が出店。
昭和34年
(1959年)
仙人有料道路が開通。平和都市宣言を決議。
昭和35年
(1960年)
チリ地震津波来襲、被害総額6億3千万円。
昭和38年
(1963年)
県立釜石北高等学校創立。釜石高等学校を釜石南高等学校に改める。
昭和39年
(1964年)
釜石が陸中海岸国立公園に編入。
昭和40年
(1965年)
釜鉄社線が撤去、86年の歩みに終止符。
昭和43年
(1968年)
十勝沖地震で6億円に及ぶ被害。
昭和44年
(1969年)
国道45号線石塚、鳥谷坂トンネルが開通。
昭和45年
(1970年)
第25回岩手国体開催。富士製鐵(株)と八幡製鐵(株)が合併、新日本製鐵(株)となる。公共埠頭が完成。
昭和48年
(1973年)
和山市営牧場の造成事業が始まる。特別養護老人ホーム「清風園」が完成。
昭和49年
(1974年)
昭和天皇・皇后陛下が全国植樹祭にご出席の途中釜石にお立ち寄りになる。
昭和50年
(1975年)
釜石市民憲章制定。市の花・木・鳥も決まる。
昭和51年
(1976年)
浜町で戦後最大の大火災発生。
昭和52年
(1977年)
新日鐵釜石ラグビー部、第14回日本選手権優勝 初の日本一となる。
昭和53年
(1978年)
湾口防波堤の建設事業に着手。市民文化会館完成。公共下水道の処理開始。
昭和54年
(1979年)
新日鐵釜石ラグビー部、第16回日本選手権優勝 V1
溶融炉方式の新清掃工場が完成。
昭和55年
(1980年)
新日鐵釜石ラグビー部、第17回日本選手権優勝 V2
昭和56年
(1981年)
新日鐵釜石ラグビー部、第18回日本選手権優勝 V3
新市民病院が完成。三陸鉄道株式会社が発足。
昭和57年
(1982年)
新日鐵釜石ラグビー部、第19回日本選手権優勝 V4
湾口防波堤の第1号ケーソン設置。鈴木首相来釜。
昭和58年
(1983年)
新日鐵釜石ラグビー部、第20回日本選手権優勝 V5
新図書館完成。市営釜石ビル完成。
昭和59年
(1984年)
新日鐵釜石ラグビー部、第21回日本選手権優勝 V6
全国初の第3セクターによる三陸鉄道開業。富山県朝日町と友好親善都市に。
昭和60年
(1985年)
新日鐵釜石ラグビー部、第22回日本選手権優勝 V7達成。
鉄の歴史館オープン。楢ノ木平牧場完工。釜石製鐵所第二高炉休止。
昭和61年
(1986年)
非核平和都市宣言。釜石製鐵所創業百周年。
昭和62年
(1987年)
東前町から馬田岬方面にかけて山林火災。市制施行50周年。全国勤労者釜石駅伝大会開催。
昭和63年
(1988年)
国道45号釜石バイパス開通。
平成元年
(1989年)
釜石製鐵所の第一高炉休止。根浜サンドクラフトフェスティバル開催。放射性廃棄物の持込み等に関する宣言。
平成2年
(1990年)
海洋バイオテクノロジー研究所オープン。
平成3年
(1991年)
沿岸地区運転免許センター開設。
平成4年
(1992年)
三陸・海の博覧会主会場、大成功のうちに閉幕。3会場の入場者数は 2,005,281人(釜石会場1,324,594人)。
平成5年
(1993年)
釜石信用金庫の解散譲渡。仙人峠道路新ルート決定。
平成6年
(1994年)
フランス共和国ディーニュ・レ・バン市と姉妹都市締結。鉄の歴史館新装オープン。岩手県水産技術センター開所。
平成7年
(1995年)
仙人峠道路詳細ルート発表、管理用道路工事着手。
平成8年
(1996年)
第68回選抜高校野球大会、釜石南高等学校、初出場。物産センター「シープラザ釜石」完成。
平成9年
(1997年)
新観光船「はまゆり」就航。市制施行60周年記念式典。
平成10年
(1998年)
新日鐵釜石、石炭火力発電所の建設に着手。
平成11年
(1999年)
日本フィリップス工場閉鎖、跡地に和田工業、グランバー立地協定調印。米軍機、橋野の山林に墜落
インターハイなぎなた競技開催。
平成12年
(2000年)
JR釜石線全線開通50周年。
平成13年
(2001年)
新日鐵釜石ラグビー部が地域共生型クラブチーム『釜石シーウェイブスRFC』に移行。
大島高任没後100年。岩手大学と「相互友好協力協定」締結。
平成14年
(2002年)
国内最大級の、風力発電の事業化が決定。
仙人峠道路の仙人トンネル本坑が貫通。
平成15年
(2003年)
橋上市場が移転。
釜石港がリサイクルポート(総合静脈物流拠点港)に指定される。
国内最大級の風力発電施設の建設に着手。
平成16年
(2004年)
地域再生計画スクラム21『チャレンジ・エコ』かまいしルネサンス計画~ものづくり150年目の挑戦~が認定される。
「かまいしエコタウンプラン」が承認される。
国内最大級の風力発電施設が完成。
平成17年
(2005年)
新大渡橋開通。北海道大学大学院水産科学研究院及び水産学部と「包括連携協定」締結。
平成18年
(2006年)
地域再生計画かまいし健康ルネサンス構想~保健・医療・福祉・生涯学習の連携による健康で安心して暮らせるまちづくり~が認定される。
釜石港湾口防波堤が概成。
釜石製鐵所創業120周年。
平成19年
(2007年)
仙人峠道路開通。
釜石港公共埠頭(拡張部分)供用開始。
釜石市民病院が県立釜石病院と統合し閉院。同所に保健福祉センター開所。
釜石市イメージキャラクター“かまリン”制定。
釜石市市制施行70周年。
構造改革特別区域計画(港湾物流特区)が認定される。
「鉄鋼の国産化に向けた過程を物語る『製鉄』の遺産群」が近代化産業遺産に認定される。
近代製鉄発祥150周年。
平成20年
(2008年)
近代製鉄発祥150周年。
新青葉ビルがオープン。
県立釜石南高等学校と釜石北高等学校が統合し、釜石高等学校に。
平成21年
(2009年)
釜石港湾口防波堤が完成。
岩手沿岸南部クリーンセンターの建設に本格着手。
橋野高炉跡が世界遺産暫定リストに掲載の「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産に選定される。
県立釜石工業高等学校と釜石商業高等学校が統合し、釜石商工高等学校に。
平成22年
(2010年)
過疎地域自立促進計画を策定。
岩手沿岸南部クリーンセンターが完成。
平成23年
(2011年)
三陸縦貫自動車道釜石山田道路(釜石両石IC~釜石北IC間)が開通。
東日本大震災発生。