場所 小川地区サポートセンター写真1 

日時 平成24年3月2日

参加者 12名


要旨


市民:子どもたちが遊ぶ場所が全然ない。また釜石市民体育館も危険だということで使用できない。体育館を改修する予定があるのか。それと利用者がいないのに管理人を2名置いている。これは何のために置いているのか。

市長:市民体育館は避難場所になっており、大震災発生当時は利用していた。だが地震の影響か屋根の梁がすっかり曲がっており、専門の方に去年の4月頃調査をお願いした。結果はやはり危険で、網を張って応急処置をしたが、その後の地震も度重なってどんどん弱くなってきた。最終的には使用禁止ということにした。ただし、子どもたちの運動とか様々なイベントの会場をなんとか確保しなければならないということで、国と協議をしていた。最終的には難しいということになり、屋根だけでも取り換えて仮設の市民体育館として何年か活用できるよう準備をしていた。ただしこれは確定ではない。そして10年のスパンの中で新しい市民体育館をどこかに作ろうと検討していた。ただそれまでの間は使用できないため、子どもたちの遊び場所については学校の敷地や体育館しかない。他の市町村では学校の敷地までが仮設住宅になっており釜石だけが敷地が残っている。だから最大限その場所を活用していただきたいと思う。
 また、今2名の管理人がいるということだが、これは指定管理。危険の管理のためもあると思うが、確認しながら対応したいと思う。

市民:屋根を直せば使用可能なのか。

市長:屋根の梁が曲がっていて、重みでいつ落ちてきてもおかしくない状況にある。だから屋根を全部取り払ってテントよりは頑丈な軽いもので覆うという形で考えた。

市民:12月議会で合田議員が質問した時には早急にやるような話をしたと聞いている。

市長:早急にできるのがその方法。だれがいつ直すかということで国と協議をしている。早く直してもらってすぐ使えるように、それで使ってる間に新しいものをどこかに作ろうというもの。もちろん最終的には小川の市民体育館は壊さなくてはいけないと思うが、そういった準備をしている。

市民:指定管理者はいつまでなのか。

市長:単年度でやっていると思う。新年度はまた新たな指定管理を決める。ただ今言った通り2名が必要なのか1名でいいのか。

市民:1名もいらないのではないか。利用者もいない。ただ電気を点けて夜もまだ点いている。

市長:私もそれは今初めて聞いたので、確認しながら対応したいと思う。

市民:今日から支援連絡員が入った。ここは去年12月に自治会を発足した。運営費用もない中でなんとか運営している。また、ここにはサポートセンターもある。それで皆でなんとかやって、一年経とうという時に急に連絡員を配置する意味合いとはなんなのか。どんな狙いがあって今になって配置するのか。
 先日支援物資があった。様子を見ると朝早くから並んでいるのはどこかの軽トラックや元気な人が毎日来ている。集団を組んでいっぱい持って行く。見ていて恥ずかしい。逆に仮設の中にいて行けないのは老人など動けない人たち。せっかく自治会を発足させていただいたのだから自治会に何がどのくらい必要なのかを聞いた上で、自治会を通して支給してもらった方がありがたい。市の方のやり方も問題がある。最初のころも他から指摘された内容だと思うがまったく改善されてない。
 私は嬉石に住んでいた。警察の前なので土地の買い上げか高台移転の方向になる土地だと思う。そこは約3年前に嬉石の整備事業で代替地を市と契約して買った土地。これから土地を買い上げるのにどれぐらいの地価で提示されるのか不安。それと支援金などを足してどこかに家をと考えているが、どのくらいの地価で買ってくれるのか説明してほしい。

市長:土地の価格は県の方で不動産鑑定士が調査をしている。その結果をもとに市の方で対応を考えたい。最終的にはいろいろとあると思う。たとえば高台に移る場合に、造成費かかれば土地の値段も高くなる。あるいはもっと簡単な所に土地を造成すればそこは安い。最終的にはそれぞれに見合う建物が建てられるようになればいいと思う。極端に言えば、自分の土地を売った値段で新たな土地を確保して、尚且つそこに家を建てられるような仕組みを作る。もちろんお金がある人は建てられるし、お金がない人は建てられない。これは当たり前のことだが、お金がないのに建てられるということにはならない。ある程度の負担は必要になってくる。ある程度の公平感の中で建てられるような仕組みを作ろうというのが基本的な考え方。お金がなくて建てられないという方は公営住宅という制度がある。一戸建ての公営住宅であれば後でそれを買い取ることもできるということ。これからそういう中身の制度についてはもうちょっと時間が必要になる。最終的にはいろいろな支援制度を考えていこうということな。ご理解いただきたいと思う。
 それから支援員というのは従来からあった。釜石の場合は生活支援室、仮設住宅運営センター、生活応援センターがあって、市としてできるだけ皆さんの対応を取れるようにという組織を作ってやってきた。だから支援というものは必要だったが、それらの組織やボランティアの方々がおり、なんとか対応できていた。だが、雇用の確保という点から、せっかく釜石にいたいが仕事がなくて生活できない、もっといろいろな勉強をして次の仕事の準備をしたいという方々がおられるということから、国の緊急雇用対策という制度で支援員を雇用すれば、仮設住宅の方々のお世話もしてくれる。両方いいんじゃないかということから支援員を配置した。他の市町村では早い段階でこの支援員を採用しているところもあるが、釜石ではボランティアの人たちもだんだんいなくなってきたので、改めて支援員の方々にお願いして体制を整えようということから進めているところだ。

地域づくり推進課:支援物資については公平に配布されていないのではという意見をいただいて、検討しながら進めているところ。仮設住宅に関しては比較的物資を持ってきて配布するという形でやっていたわけだが、みなし仮設や公営住宅にいる方、在宅の方から仮設にばかり物資が行っていて我々に来ていないという声が一番あり、何度かシープラザのほうで配布をした。そうすると多くの方が来て、交通渋滞や駐車場のことが課題となっているところだ。ミルクに関しては消費期限があって早く配布してしなければならないため、罹災証明などをなしとし、子どもがいる家庭で欲しい方に来てくださいという形で行った。その他、会場がなかなかないためこの市民体育館の周りやシープラザというところで配布している。こちらではどのくらい取りに来た人が必要としているのかわからないため、今回は制限等も設けず、皆さんのモラルに応じながら配布するという形でやった。混乱が起きないようなかたちでやろうと、問題を解決しながら試行錯誤しながら進めているところ。

仮設住宅運営センター:支援員からの連絡が不徹底で混乱が起きた団地があるとは聞いた。そのことについてお詫び申し上げる。物資配布について、もちろん自治会にお願いする方法もあるが、物資以外の、役所関係の文書やスケジュール管理、それらを一手に担ってもらった方がいいという趣旨で支援連絡員という制度を導入させてもらった。自治会ごとに一生懸命やっているのわかっているが、全部の仮設団地内で自治がうまくいっているとは限らない。応援センターに見守りスタッフというのがいるが、毎日来るというのは不可能だ。この小佐野地区だけでも400世帯以上の世帯がある。支援員は大体50世帯に一人ぐらいの割合で雇用しているので毎日どこの仮設団地でも訪問ができ、孤独死などの対策にもなる。自治会でしっかりやっていれば引きこもりなどないと思うがそうはいっても家からなかなか出てこない方々もいるということで、そういった意味も含めて支援連絡員というのを、地区の用務員さんだという形で思っていただいて活用していただく。例えばスケジュール管理までとなれば自治会さんで大変な面もあるかとは思う。そういったものも支援員制度をやることによって調整もできる。これから自治会さんと協議をしながら上手く両立するような方法を考えていきたいと思う。まだまだ試行段階なのでトラブルがあるかと思うが、そのときは仮設住宅運営センターの方にも連絡して改善していきたいと思う。よろしくお願いしたい。

市民:自治会さんと支援連絡員さんで今回いろいろ揉めた原因は何だと思う。

仮設住宅運営センター:私が聞いてる話はあいさつなしに来たということ。こちらでは、まず最低限自治会長さんに話を通すようにとご挨拶の期間を設けていた。そこの連絡が不徹底だったのかと思っている。

市民:そうだ。支援員や@リアスの話もまったく自治会も知らなかったし、ビラ1枚来て配置になると、事前に打ち合わせが全くなかった。生活応援センターで自治会を一生懸命作らせた。作らせておいて自治会をうまく活動させてくれない。今日も市長があいさつに来るのにも会長さんに連絡もなかったと聞いた。自治会を作らせても、自治会を馬鹿にしていると私は感じた。せめて市長が来るなら会長さんくらいには事前に連絡があっても良かったんじゃないか。

市民:市長が来ることは事前に連絡がきていた。来ていなかったのは支援員について。

仮設住宅運営センター:支援員に関しては、@リアスにはまず何をおいても自治会長に挨拶をと口をすっぱく言ったつもりだ。それが上手く伝わっていなかったのはこちらで徹底してなかったということ。それはお詫び申し上げるしかない。最低限そこはやらなければならないと指示したつもりではあるが、非常に迷惑かけたと思う。これからはセンターでもしっかり管理してサポートしていきたいと思っている。まず自治会は自治会として、その自治会の自立を削ぐというような意味合いでこの支援員を雇ったわけではない。

市民:わかっている。喧嘩しようということではない。来た人とは仲良くやろうと思っている。

市長:すいませんでした。仮設団地にはいろんな地区から来ているわけだから、互いを支え合うための組織を作るべきだろうということから自治会を皆さんにお願いしてこういう形になっている。さきほどボランティアの話したが、仮設にはいろんな方々が出入りして、そういったものの整理がつかなくてわけがわからない状況だった。やっと今自治会もできて、市の方の体制もできてきた。支援員はNPOに委託としているが、もちろん市も関与しているので最終的には市も責任を取らなければならない。これから我々も注意しなければならないと思う。スタートでちょっと躓いたが、これをいい機会にして反省しながら我々の方も努力していく。他の地域でもこういうことがあろうかと思うので大きな教訓としたいと思う。

市民:サポートセンターも繋がっているのか。サポートセンターでも独居老人の血圧を測りながら毎日回ってくれてる。仕事が重なる部分も出て来るんだが、この辺のサポートセンターとの連携は取れているか。

仮設住宅運営センター:サポートセンターとの連携、その他生活応援センターの保健師さんとの連携、あるいは社会福祉協議会の生活支援相談員さんとの連携。これは今研修を終えたばかりで、まだ引き継ぎが始まった段階。これから社会福祉協議会とも月何回かはリーダー同士が確認をするというような話し合いは計画している。サポートセンターは民間事業者ということもあり、いろいろ行政を通してやっていかなければならないかなという形で思っていたが、とりあえずケアが必要な方については地区の応援センターの保健師がすべて把握はしていると思う。支援員はそういった資格がない人たちなので、異変に気づいたら救急車なり応援センターなりというような連絡はとるが、実際の医療や保健に携わることはできないと思う。今の見守りスタッフと大体同じような形で考えている。、住民の方々が何度も訪問されて迷惑だというのはこっちも把握している。そうならないように協議してやっていきたいと思う。まずとにかく今はやってやろうという形で皆さん配置になっているので、これから課題が出てくるかもしれないが、何かあったら仮設住宅運営センターに連絡いただければこちらから委託先である@リアスの方に連絡して調整していきたいと思う。

市民:支援物資が3日間、その間毎日通っている人もいたがそれでもいいのか。

地域づくり推進課:毎日来ているかなどはチェックしていない。必要だから来ているという判断でやっていた。徐々にものがなくなってきているが、自治会の方で必要なものがあれば物資の方であるもので対応するので言っていただきたいと思う。

市民:今回のこの震災が平田から中妻とか釜石に来る途中、あるいは嬉石を通ってくる時点で1000名余りの犠牲があったが、あの辺で製鉄所構内に入れないで犠牲になった車があったようだ。
 また、たまたま新しい道路が開通していろんな面で助かったように感じる。22、3年前に上平田と源太沢間の道路の話があった。できてれば助かった人がいたと思う。釜石は遠野から来るのも一本、大船渡から来るのも一本、宮古から来るのも一本。これでは釜石はいつ孤立するかわからない。平田から源太沢の道路の話は、今考えればあった方が良かったかなと思うし、なぜできなかったのかと思う。ニュータウンの雇用促進、県営アパートは眠っている状態だ。あのぐらい空いているところはなかなかないと思うが、道路が出来れば、その辺栄えるし買い物も便利になる。また今回の犠牲のことも少々は助かることはあると思う。
 それから盛岡と釜石をちょいちょい行き来するが、駅前で一回事故にあった。それからマイヤの前で事故があった。その時かなり渋滞した。迂回路が全然ない。駒木道路は迂回路にならない。バスも通れない。必要だと思うがどうか。

市長:上平田ニュータウンと源太沢の道路については地域の皆さんの要望があって、私も県会議員をやっていた時から何度も県の方にお願いした。市道だから市で作らなければならないが何十億とお金がかかるから、県にお願いしようということでずっとその運動を展開してきたが、なかなか思うように展開しなかった。三陸縦貫道が通るとなれば同じことだったため、平田と源太沢線の代わりにしようということで運動を展開してきた。ところが今回縦貫道のインターチェンジについては大曽根と荒川の二か所に作ることになり、平田はできない。これではだめだということで今回、県の方に再度道路を開通してほしいとお願いしていた。それには多額に費用がかかるので、とりあえず今回は通すだけ通してもらうと。道路の拡幅とか後回しにして上平田ニュータウンから源太沢に通すということを第一目標にしてやってもらうことをお願いしていた。
 それから駅前のほうは、鈴子の開発計画が進んだ時に今のケーズ電器と薬王堂の間の道路から中妻の方に行く橋を作るという予定があったが、これも実現してなかった。今のままだとあそこに消防署ができれば本当に孤島。消防署自体が孤立してしまう。本来の防災機能を発揮できない。だから五の橋と大渡橋しかないので、五の橋のとなりに最低限もう一本橋を付ける。それから大渡橋に行かなくても今のシープラザあたりから線路を越えて大渡の方に行く橋も必要だろうと。これがあればまず二本でまちの中に入れるということで理想の形。今の駒木を拡幅するという手もある。ただどちらにしても鉄橋の下をくぐってる。それは危険。今回の津波でも下をくぐるというのは危険だから、できるだけ鉄橋の上を行きたいわけだが、またとんでもない金額がかかるということで橋を作った方がいいのか、どっちが安くて合理的なのかということを今検討している。必要性は十分認識しているし、作らなければ釜石の発展はありえない。ショッピングセンターを作って一日に何千人とお客さんが来るとなると今以上の混雑が予想される。さらに、合同庁舎のあたりにインターチェンジができる。できたらもっと混雑するというのは目に見えているから、もう少し時間をいただきながらなんとか実現できるように図っていきたい。

振興局長:平田と源太沢の道路は市長から必要だというお話はいただいていた。今県議会が開催しているが、その中でも釜石選出の小野共議員からもそういった質問が出されている。今市長からお話があったようにトンネルを作って道路を作るということだとかなりの金額がかかるという現状があって、なんとか我々としては今の復興交付金の事業計画の中になんとか盛り込んで実現できないかと今市のほうとも相談しながら対応していたが、現実なかなか見通しが厳しいかなというふうには思っている。なんとか地域の何十年来の課題だと思っているので我々としても頑張っていきたいと思っている。

市民:私もイオンにいたので状況分かるが、今のイオンが一日7~8万人くらい入る。車であれば1万5千位入る。その規模が釜石に来るとは思わないが、やっぱり車も5千台、買い物客も1日2万人くらいは来ないと採算取れない。イオンが来ると交通事情がかなり変わって来る。市役所もそうだが、市役所そのものを商店街の一角にして市役所通り商店街だとかそういう商店街を含めた市役所作り、まちづくりをすべき。お昼の時間は盛岡もそうだが市役所通りの周辺の食道、レストランなどは満杯になる。そういう大いに市役所を利用した商店街づくり。とにかく人が集まるような地域を作ってほしい。

市長:イオンについてはこれから進めていく。中番庫で収まる話ではなくて、大渡とか大町のほうまで跨ってくるので地権者のみなさんとか商店街の皆さんの考え方が大事になってくる。勝手に絵を書いてもそれを皆さんが反対されれば何もできない。これから皆さんの意見を聞き合意形成を図っていかなければならない。いずれにしてもイオンが来るとなると釜石全体がそれを中心としたまちになってしまうわけだし、またそのような形にしないとお客さんが来ない。これから皆さんと話し合いしながらできるだけそういう形になるように努めていきたいと思う。まちの流れの中心として、中番庫にイオンがあって、魚市場のにぎわいの施設があって市役所や市民会館の公的な施設がある。この三角形が有効に連携する釜石の東部地区の拠点性というものを発揮したいということで考えている。

市民:イオンの開店はいつの見通しか。 

市長:それもこれから。ただイオンは早く作りたいと言っている。規模もこれからだが中番庫というとかなりの面積がある。私は基本的には小さなものを建ててもらって、徐々に拡大していくという方法を取ってほしいと思う。というのは今防波堤もないし、防潮堤もない。安全対策を講じて管理できる人数で始め、徐々に拡大していくということが必要だと思う。道路も整備していないので、急にたくさんの人が来てはパンクしてしまう。

市民:イオンさんはひとつの防災ビルみたいな形になるだろう。

市長:その辺をこれから協議していかなければならない。今私が考えているのは、かさ上げして上の方に建ててもらう。津波が来てもそこで買い物をしている人がきちんと避難できるような仕組みでなければ市としても許可できないし、もちろんイオンさんだってそうだと思う。まず安全対策を講じれる規模からだんだんと周りの環境が整ってくるに従ってさらに拡大していく。今言った道路も徐々に整備されてくればもっと拡大していかなければならない。だからいきなり大きいものができるとは想像しない方がいいと思う。

市民:盛岡の場合は周辺60万人の集客ができる。これは花巻から岩手町から雫石全部入っての集客で、釜石近辺だと宮古から大船渡全部入れても30万もいかない。だからああいう大きなものは無理だと思うし、ましてや地下の駐車場なんてできっこない。

市長:東部地区の商店街の皆さんの意見を聞かなければならないし、商店街の皆さんももしかしたらイオンと一緒に事業を展開したいと思ってる方もいると思う。いろんな絵は描けるが現実問題として様々な人たちが絡んでくるので話し合いをしながら形を作っていかなければならない。ただ、最終的には横断道や縦貫道ができて道路が整備される。それから防波堤や防潮堤ができて安全対策ができる。仙台から2時間の距離になるし、盛岡からも30分かそこらで来るような時代が来るわけだから、今言ったとおりこの三陸沿岸の拠点として釜石の役割は大きいと思う。それはあと7年8年後のことであって、ここ1、2年はまだまだそこまでに至らない。がれきもまだ片づけてない状況でどうしたら安全に買い物ができるかということから考えていかなければならない。スタートが大事だ。ユニクロもシープラザに来てもらうことになったが場所が狭いけども、まずは来るということが大事。そこから物事は始まるので最初から立派なものを作るというのは一番いいかもしれないが、釜石に定着してもらうということだと思う。この復旧復興と併せてすこしずつ重ねていくという手段をとらざるを得ないと思っている。沿岸の中で初めてなので、地元の人たちの考え方とかいろんなことを調べるんだと思う。

市民:今まで室浜に何十年住んでいたが、今までに経験したことのないほど便利な生活をここでしている。なぜかというとここは病院が近い。買い物をするにしても足に困らない。役所に行くにしても。同じ釜石でこんなに差があるのかとつくづく思う。それで、まずいつ室浜の方に帰れるかわからないが、帰るとまた元の生活、不便さがある。今の県道、片岸の方を通る道路があまりにもカーブがきつい。そして冬場は海岸の方に杉の木があるために日陰でカーブがたいへんだ。今回の復興に含めてカーブを削って近道になるよう道路を作ってほしい。うちの周辺の人は戻るか戻らないか道路にかかっているみたいだ。どんどん高齢者ばかりになるが、やはり道路が良くなると若い人たちも帰るという声がある。

振興局長:私も何度かそこを通ったが、地形なりに道路を作っている関係もありかなりカーブもきついし、道路の幅が狭いところが非常に多いというのは実感している。なかなか抜本的に幅の広い道をというのは地形の関係もあって厳しいところもある。できるだけ改良するようなかたちで担当の土木部の方にも話をしながら検討させていただきたい。

市民:室浜のうちはかさ上げになる。自分の今まで住んでいた土地がかさ上げになった場合に同じところに家を建てられるのか。

市長:そこに住めなくなる可能性は高い。かさ上げして住むとばれば、まずその土地を市が全部買い取ってその後にみなさんに売ったり貸したりすることになる。もしかしたらもともと持っていた土地が200坪だとすれば例えば100坪になるとか、減らされる可能性が高いと思う。その辺は区画整理をしてからなので、もしかしたらちょっと位置が変わるかもしれない。


市民:室浜のほうは削ると100坪という話になっているみたいだ。だからそこの中に土地が入ったみたいなので、もしできればそこに建てたいなと思ってういる。

市長:区画整理のときに意見を述べていただきたい。もしかすればそこが道路をなる可能性もある。希望は必ずや少しでも聞き届けると思う。いずれ片岸や鵜住居はこれから大きく変わる。特に鵜住居スタジアムの話はしたが栗橋や田郷がずいぶん変わると思う。県道だから県の方にお願いするしかないが、これからもできるだけ改善してもらうよう努力する。

市民:自治会の課題については、今の方みたく特に女性の方は積極的に参加してもらっている。ただ残念ながら男性の方は仕事もあって土曜日曜にイベントしてもあまり顔を出さないというのが悩み。趣味を活用してやっていくのは楽しい生活ができるんじゃないかと考えている。私たちもいろいろと知恵を絞ってやる。ですから行政の方も見捨てないで。

市長:私としても仮設の方の皆さん方に課題等お聞きしながら解決策を探っていきたいということで市民と話す日を開催しているが、なかなか来る機会がないものだから結果としては自治会の皆さんのお力添えが必要だし、担当の人たちとの連携をうまく図りながら是非今まで以上に、せめて仮設にいる間だけでも楽しく健康でいられるようにお願いをしたいと思っていた。それからいろんなイベントとかこういう会議に無理やり引っ張りだすよりも、意欲というか心の整理がつけばまた出てくることもあるだろうと思う。だから私は急がなくても結構だと思うのでどうぞじっくりと少しずつ着実に前に進んでいただければありがたいなと思っていた。

  

 


(20:00終了)