場所 中妻地区生活応援センター写真1 

日時 平成24年8月23日

参加者 27名


要旨


市民:イオンがきたところで、今の市民の状態では、働く人がいなければ産業は成り立たないのではないか。他に釜石に来たいと言っている企業はあるか。

市長:企業誘致についてはイオンの他にSMCが、当初鵜住居の北高跡地に建設を予定していた。我々も土地の確保に努めてきたが、被災に遭ってしまったため、北高跡には建てられないという事で、今は松倉の方に建設を予定している。規模は当初の予定より縮小されるが、SMCの方でも出来るだけ釜石のために規模を拡大したいということで、これから土地の確保に努めていかなくてはならないが、現時点では土地の確保が目処がたっていないので、これからまた努めていきたいと思う。その他の企業誘致ということになると、例えば片岸の方ではボイラーやしいたけをつくる会社、北高跡地には津田商店など水産加工の会社、唐丹にはヒカリフーズという会社の誘致をすでに行っている。もちろんこれで終わりという事ではなく、これからも企業誘致はさせていただきたいと思っているし、まずは雇用の確保というのが最大のテーマなので、今おっしゃってる通りイオンが来たって働く場所がなければ駄目だというのは全くその通りだ。例えば大槌にあるマストでは250人程が働いている。イオンはその倍くらいだと考えられるので、人が確保できるかはまた別の問題だが、少なくとも400人程の従業員が必要になると思う。いずれ、モノを作る製造業や水産加工業も企業誘致だが、今回のイオンのようなものも商業の産業といえると思う。ただ人が集まるかどうかが問題だ。今は求人をしても人が集まらないような状況が続いており非常に困っている。将来のことを考えると、いずれ受け皿がないと駄目だし、釜石の人口を増やすという事は他から釜石に来てもらわなければならない。他から来ても住む場所がなくては困るので、アパート等を用意していかなくてはならないし、いろんな環境が整わないと全体のレベルアップが出来ないというのはその通りだと思う。ただ一回に全部はできないので、我々としてはひとつひとつ取り上げながら取り組んでいくという形になると思う。イオンも一つの産業、雇用の場の確保という点から非常に有効だと考えている。

市民:個人的な事になってしまうが、港町の自分の土地は産業区域に指定されている。1階がなんとか残っているので、リフォームして住みたいと思っていた。前回話を聞いた際に、どうしてもそこに住みたいと言った場合は駄目とは言えないというような事を言っていたが、大町の方では、2か月かけてリフォームした人が完成した後に、市の方から撤去してほしいと言われたケースもあるそうだ。

市長:いろんなケースがあるので一概には言えないが、リフォームして住みたいと言った場合に土地の所有権があるので、市の方としては基本的にどうこう言える立場にはないのだが、それはそれとしながら、市の方で例えばそこになにか建てたいと言った場合には立ち退きをお願いすることになる。

市民:自分の土地でもか。

市長:そうだ。なのでそこで問題が生じてくるので、出来るだけ前もって市の計画を見聞きして相談しながら、リフォームしてもいいのだが、撤去をお願いした際にまた問題となるので、出来るだけそうならないようにしていただきたいと思っている。

市民:リフォームには100万の補助金が出ると聞いた。

市長:その通りなのでやってもよいのだが、ただ後でそれをまた壊して欲しいといった場合に、せっかく手をかけたものを壊すのもいろんな想いがある訳だから、そうならないようにして欲しいと思っている。もちろん補償はあるので、直したものについて撤去をお願いした場合には当然今あるものの価値はお支払することになる。

市民:かかった費用は戻ってくるのか。

市長:戻ってくるが、ただ、例えば1000万かかったからといって1000万戻ってくるかはわからない。

市民:ではかかった分がまず戻ってはこないという事だ。

市長:かけた分というよりも、前の土地の価格が関係してくる。被害があるので、考えているよりも土地の価格は下がると予想される。思っている金額より少なくなる可能性があるのでそこを心配している。だったら最初から造らないで、あとから造った方がいいのではないかと。今まで例えば本郷なんかでは、明治29年の津波の時に流されて、もう被害のあった場所には家を建てないということを決め、高台に移転した経緯がある。今回も釜石のあの近辺は港から直近の場所で一番危ない場所なので、そこに住んでいた方々にはもっと安全な場所に住んでいただきたいという事で、産業用の土地にしようということだ。土地の所有者の皆さんの承諾を得ている訳ではないが、市としてはそういう形で産業用の土地、住宅用の土地ということで区分けをさせていただきたい。

市民:嵩上げするより、堤防を高くしてしまえばよいのではないか。予算もそちらに回してしまえばいい。

市長:それも一つの案だとは思うが、市が単独でやっているわけではなく、国や県と相談しながら進めているものだ。ただそういう考えもあると思うし、間違えではない。

市民:あと1000年位津波はこないと思う。

市長:だから、これを教訓にしようということだ。明日来るかもしれないし、誰にもわからない。いずれいばらくはこんな大きいものはこないかもしれないが、次の世代のことも考え教訓として残すべきだという事で、大変申し訳ないが土地の区分けはさせていただきたい。

市民:住宅再建の希望用紙が届いたが、迷っている。上中島の公営住宅を希望しているが100%入れるとは限らない。入れないのなら元の港町へ戻りたいが、お金もないし震災ですべて失ってしまった。今の仮設住宅を再利用して住めないかと考えている。
   市内を歩いていて、結構土地があるように感じる。市の土地か県の土地かは分からないが、例えば源太沢や定内町の奥などたくさんあるように思う。公営住宅の入居は都市計画課が決めることだと思うが、希望している住宅に入れるか分からないし、家を建てるのも難しいので、仮設の再利用等も参考意見として考えてほしい。

市長:今回の公営住宅の入居基準として一つは以前の住んでいた場所に戻っていただきたいということ。例えば港町にお住まいであったのなら港町の公営住宅に入っていただきたい。ただ先ほど言ったように、港町のような産業用の土地に指定されている場合は住宅は出来ないので、21地区の区分けで港町は東部地区に入るから、東部の公営住宅へ入っていただきたいというのが基本的な考え方。だから公営住宅に入りたい場合は、入りたいといってもらえれば、例えば100戸の予定のところでも意向調査の結果200戸の希望があれば200戸作るので、出来るだけ皆さんが元に戻れるようにしたいと考えている。上中島に住んでいた人で被災者はいない訳ですから、上中島に出来る公営住宅に入れる人は、基準から言うと、道路整備に該当していたり、復興事業のために移転しなくてはならない人達が優先基準となる。それでもし空いたら、他の地区の人達も入れるという事になっている。その時の空いた数に対し6割は体の不自由な方々を優先し、残り4割は他の地区の方々も入れるが抽選でという事にしている。基本的に元住んでいた場所の公営住宅には100%入れるようにするが、住んでいた場所ではなく他の地区の住宅に入りたいといった場合には抽選などという事になってくる。それを頭に入れていただいて、出来るだけ前住んでいた場所に入っていただきたいとは思うが、公営住宅にも入れない、いろんな条件があり自分で家も建てられないんだといった方々のためには、場合によっては仮設をどこかに確保していかなくてはならないかもしれない。まだ決めてはいないが、可能性は充分にある。ただ今住んでいる場所にずっと住めるかはまた別。例えば昭和園の仮設は新町の道路の為に早く整備しなくてはならないだとか、個人の所有地を借りて仮設が建っている場所は、いつまでもいいというわけにはいかないし、段々とアパート等が出来て皆さんが移っていくと空き家がでてくるので、ある場所から段々と片づけていかなくてはならない。だが最後はどこかに残しておいて、どうしても公営住宅にはいれない、自力での住宅再建も難しいといった方に対して、仮設住宅を用意するという考えはある。仮設は県のものだが、最終的には市に譲るという事を言っているので、最後に残る場所は決まっていないが、そのような事も可能だ。まず住まいに関しては、一つは公営住宅、一つは自力での住宅再建、あとは自宅をリフォームしたり、アパートを借りるといったような形になるが、どうしても住まいが確保できないのであれば、仮設に住むという手もあるということを覚えておいてほしい。心配しないで欲しいといっても無理だとは思うが、住まいの事については市で責任を持ってやっていく。

市民:土地はいっぱいあると思う。都市計画課ではちゃんと把握しているのかと思ってしまう。

市長:それは個人の方の土地だと思うのでなんとも言えない。

市民:個人の土地でも、市の方で国からくるお金でその土地を買い、被災者が住めるようにすればいいではないか。

市長:そうするとさっき言ったように前住んでいた人達は誰もいなくなる。まずは前に住んでいたところに戻ってもらわなければまちが成り立たないので、それを最初にやるということ。どうしても住めないのであれば、次の手を考えていかなくてはならない。

市民:自分はまだ迷っているので意向調査はだしていないが、さっき言った仮設の再利用なども検討してほしい。

市民:関連してお聞きする。今この上中島の仮設に入れてもらっているが、便利だからという事だけでここを希望しているのではない。私は鵜住居で被災したのだが、恐ろしさがすごいものだったので、鵜住居へは怖くて帰れない。市として、地域を消滅させないために地元に戻って欲しいという気持ちもわかるのだが、恋の峠を越えるだけで震えがくるし、今の気持ちとしては帰れない。今の気持ちを意向調査に書いて下さいということで、私達は上中島から奥の方へ住みたいと記入した。今は上中島から奥は野田地区しか復興住宅が建たない計画だが、釜石の内陸地区への希望が多ければ、復興住宅を建ててあげようという気持ちは市としてもっているか。

市長:基本的にそういう気持ちはあるが、例えば鵜住居地区でも前のまちを作ろうと連日夜遅くまで集まっていろいろ議論している方々がたくさんいるし、今は戻りたくない方もなんとか戻れるような町を作ろうという事で、一生懸命やっている方々がいるので、市の方としても、前に住んでいたところに戻れるような環境をつくるから、皆で戻れるように話し合いをさせて欲しいということでやってきていた。そうは言っても今おっしゃられた通り、どうしても戻れないという方もたくさんいると思う。そういった方の人数も把握出来ていないので、今回の意向調査で明らかになってくると思うし、そういうお気持ちであればぜひ書いていただきたい。現時点では県営だが野田と、上中島がある。県の方では、これを市の方に移管するという話がある。そうすれば野田と上中島は市で直営できることになるし、それで足りないのであればまた別途考えていかなくてはならないと思っている。ただそれを先に言ってしまうと、じゃあ戻らなくてもいいという話になり、せっかく新しいまちづくりを頑張っている皆さんがいるのに水を差すような形になってしまうので、まず市としての大きな方向性として、前に住んでいた場所に戻って欲しいという事をお話をして、そういった状況ではあるけれども、どうしても戻れないといったような個々のご意見があるのであれば、そういった方々への対応もこれからしていきたいと思っている。今確実に造りますとは言えないが、今回の意向調査を含めてそういう方向でも検討していかなくてはならないと考えている。9・10月頃になったらこういう話も出来るようにしたいと思う。

市民:上中島の公営住宅は新町の方々が優先になると思うが、震災前は市としてどういう考えをもっていたのか。震災が起きなくても移す予定はあったか。

市長:震災で大きく状況は変わってしまったのだが、震災前から新町・住吉・小佐野・向定内のあたりは該当になると予想されたので、道路事業が決まり次第、道路設計が決まれば該当する住宅もその都度はっきりしてくるので、そういった時点で徐々に考えていこうという話をしていた。最初に問題になった新町の方々の移転先はある程度目処がついていた。個人で移転先を見つけた方もいて、なんとか間に合うだろうと思っていた矢先に震災が起き、道路を早い段階で造ろうという流れになった。元々ハーフインターの予定ををフルインターにしようという話になり、面積は倍になるのだがそういう話が広がってきて、今度は遠野に行く道路と唐丹に行く道路、これはジャンクションだから、どこにでも行けるようにするための道路をつくるという事でまた面積が拡大され、トータル100軒位の方が該当になるだろうと思う。はっきりした数字ではないが大方この位の軒数になりそうなので、早く手を打たないといけないという事で、話をさせていただいている。新町の方々が実際どの位上中島の公営住宅に入るかはまだわからない。だから、これから昭和園の土地の造成とか他の土地の造成も見ながら、それぞれ意見を聞いていく中で、やはり公営住宅でなければという方がいれば、そういった場所を提供していかなくてはならないという事で決めさせていただいた。本当は被災者の方々を優先しなければならないわけだが、道路事業に係る方々もある意味被災者のような形になってしまい、我々としてもなんとも言葉にならないのだが、どこかから手をつけていかなくてはいけない、どこか形をつくらないと進んでいかないという状況なので、大変申し訳ないのだが、上中島はそういった方々を優先させていただいた。もしかしたら希望する方が結果として少ないかもしれない。そういった場合は一般の方々の枠が広がると思うし、さっきおっしゃられたように、被災者の中でも内陸の方がいいんだという方が多ければ、もちろんそういう枠も拡大しなければいけないと考えているが、現時点ではそのような形でスタートさせていただきたいと思っている。

市民:私達はこの震災で心身ともに疲れている。震災の前は新町の人をそこへ移すだとかの話は一切なかった。今回の震災で公営住宅を建てるというところから始まったと思うが、それは市としても考えていなかったと思う。新日鉄ともそのような話は進んでいたのか。

市長:もともと考えはあった。新日鉄さんとはそこまで話はいっていなかったが、いずれ土地がないのであらゆる土地を検討させてもらって、例えばテニスコートはスポーツ施設で利用されている方はたくさんおられるのですが、優先順位としてそういう方々のために壊す事もやむを得ないのかなと考えている。だからそういう考えはあったが、具体的に新日鉄さんと交渉するというところまでは至っていなかった。震災後にこのような形になったというところだ。

市民:私の家は昔の建屋なので、土地いっぱいに家が建っていた。いずれ東前に戻りたいといった気持ちはある。ただ、昔は宅地に規制がなかったが、今は60%の規制がされていて、20坪未満の宅地を持っている人は家を建てれるかどうかという危機だ。そういう家がいっぱいあるので、土地の規制緩和はできないものか。

市長:これからそういう話し合いをしていきたいという事で、町づくり協議会を設立すると同時に地権者連絡会というのも立ちあげている。地権者の皆さんに集まっていただき、規制緩和もさることながら、20坪の土地に無理して家を建てなくても、皆で土地を出し合って、共有しながら建物を建てるといったような方法もありますし、様々な方法があるのでそれを次の段階で相談していかなくてはならないと思っていた。本当はそういう話をしながら意向調査をすればよかったのだが、その段階に至らない中での途中の意向調査なので、次の段階でそのあたりをまた確認したい。地権者会を活用しながら、次の段階での話し合いをさせていただきたいと思っている。いずれ土地区画整備事業で産業用の土地にされた方もいるので、そういった方々の事も考えなくてはならないし、最大の課題だ。ちょっとここでは返答できないが、ここからが大変な作業となる。地権者の方々と話し合いをしながら進めていかなくてはならないと思っている。本当に東前や新浜町の皆様には申し訳ない。

市民:そんなことはないが、なにしろ皆宅地が小さいので、その宅地いっぱいいっぱいに建てているのがほとんどだ。戻って建てたいという気持ちはあるけど、規制のことを考えるとどうなのかといった考えがあって、規制緩和のことをお聞きした。

市長:規制緩和というより、出来るだけ木造の家屋はもう建てないようにしたいというのが我々の考え。そうは言っても建てる方の財政状況だとか、事情があると思うので必ず鉄筋の建物にしろというのは無理なので、造るにしても安全性を考えていかなくてはならないし、無理矢理小さい場所に建てる事は極力避けていただくような政策をつくっていかなくてはならないと思っていた。出来るだけ皆で鉄筋コンクリートの頑丈なものを作ってもらって、そこに住むような仕掛けが必要かと思う。いずれこれは大きなテーマですので、改めて地区ごとの地権者会であるとかまちづくり協議会の中で、次の大きな話題になると思うのでその時またお話いただければと思う。

市民:私は以前は東部に住んでいて今は上中島の仮設に入っているのだが、今度調査票を出すにあたって、上中島の住宅は被災者が優先でないと聞いた。東部地区に戻るとしても、東部地区の中心地というのはどこになるのか。

市長:前に東部に住んでいて、今は上中島の仮設ということだが、先程申し上げたように上中島の公営住宅に入れる可能性は非常に少ない。出来るだけ東部地区に戻っていただきたいと思う。とは言っても東部地区の公営住宅はまだどこに建てるか決まってない。今の所80戸と40戸、合わせて120戸を造るという事で進めているが、場所がまだ決まっていない。さっき言ったように、東部地区に戻りたいという方が多く、120戸の予定でも200件の希望がきたのであれば200戸建てますという事を言っている。まず場所も決まっていないのだが、いずれ公営住宅が出来る場所には、出来るだけバス停が近くにあったり、お店が近くに出来るように我々としても考えていかなくてはならない。これを前提にしながらぜひ元の場所へ戻っていただきたいと思う。ただ先程のように、東部でああいう津波の怖さを体験して、もう東部には住みたくないと、もっと山の方へ行きたいといった場合には、その意向を書いていただいてよろしいので。ただ我々としては元の場所に戻ってほしいということで、特に東部地区は釜石の中心街なので、東部地区に誰も人が住まなくなったら釜石は終わりだと思う。

市民:我々もやっぱり生まれ育ったところが良いと思っている。でも海のそばは怖いという思いはあるので、海にあまり近くないところ、中心街と言うか大槌に近いような場所なら住めるのかなという感じをもっている。

市長:中心街という話がでているが、中心街というのは、東部の中で大町が中心だと言ったような事ではなく釜石の中で東部地区が中心ということで、釜石全体として広くとらえて言っている。住宅はできるだけ山際に建てたいと思っているがイオンができるとなると、イオンのあたりが賑やかになるとは思う。それからさっき言ったように役所もできるので、役所のあたり、あとは魚河岸のあたりとか、この3点が拠点性のある場所になるかと思う。住宅は出来るだけ山際の方で安全性を確保して、最悪の場合、津波が来て浸水したとしても上の階で安全に暮らせるようにしたいと思う。ただ土地が確保できるかどうかまだ確定できないので、なんともいえないが今は出来るだけ山際の方でという事では考えている。

市民:支援連絡員さんが移動になるという話がでてきている。せっかく今まで慣れ親しんできて、連絡員さんもだいたい把握をしていると思う。そこでまたよその人が来たら、馴染むまでに時間がかかると思うし、私としては今のままの人達にやってもらいたい。一生懸命やってもらっているし。

市民:今の件に関連して、私は自治会の会長をさせていただいていて、住宅再建にむけ私達としても市の方へ100%アンケート提出ということで取り組んでいるが、それを進めていく上で大事な役割をしている支援連絡員さんが移動になることについて、言える範囲でいいので、市長のご意見を聞きたい。

市長:今日は仮設運営センターの小池所長も来ているが、基本的に私も話は聞いていた。当初はいろいろ行き違い等あったと思うが、それを乗り越えやっと親密な関係ができて、信頼関係が生まれてきた中で、なんで今頃代えるんだという話だと思うが、全くその通りだと思う。我々としても出来るだけ維持をしたいとは思うが、これは@リアスに委託をしている事業であり、@リアスで採用して展開をしてもらっている。とは言っても市の仕事で、センターの所長さんと連携しながらやってもらうことになっているので、その責任の一端は市の方にもあるので、我々としても出来るだけ皆さんの意向を伝えたいと思う。ただ今回は、他の場所の方々が辞めたりという中で、皆さんが平等に良い状況をつくっていかなくてはならないので、ここだけがよければいいという話ではなく、全体を見ながら人事の配置をさせてもらうという事で話は聞いていた。結果として、上中島では2人の方が移動になるということで、皆さんにとっては残念な気持ちがあろうかとは思うが、その分せっかく良い方々ですから、その方々が他の場所へ行き同じような関係を築いていただけるのであれば、市の方としては被災者の皆さんが同じような環境になるだろうという事なので。

市民:良い関係というが、ここは上中島の自治会と役員、応援センターと見回りさんと社協、そして連絡員さんで作り上げてきた良い関係なので、その場所場所によっていろんな関係があると思う。最初に連絡員さんが来たのが、早い話が突然で、もちろん広報でそういう方々が募集されるという事は知っていたが、3月12日に突然きて、いる場所もなく何をしたらいいかわからない状態だった。他の自治会からは必要ないと言ったような声も聞こえたが、私達はやっていけるのなら受け入れようという事で、自治会と役員、連絡員で協力しあってこれまでに育ったと思っている。市役所の方には事情を知らない方もいるかもしれないし、サービス業だと言われたが、これは絶対サービス業ではなく信頼関係の中でしか出来ないことだと思う。ましてや今は意向調査をとっている大事なとき。連絡員さんに相談して書いてもらって下さいというような事も言われているし、自分の情報をさらけだして書いてもらえるのも今の連絡員さんだから。新しい人になったらどうしていいかわからないし、もう少し時期を先にずらしてもらう事はできないだろうか。これは上中島自治体の総意ということで。

仮設住宅運営センター:昨日@リアスと皆さんとで話をしたという結果は聞いている。その中で2人の異動予定のところを9月は1人にするという事を聞いている。そして10月に1人ということで、1人については延期するということで伺っている。

市民:昨日の時点では1人と言っていて、7月の29日に各エリアマネージャーにメールで連絡がいき、8月の1日には移動ということだった。それはいくらなんでも早すぎると思ったが、現時点で正式な人事異動の連絡はきていない。市役所のように長い間働く人に関しては、慣れれば次にということもあるかもしれないが、連絡員さんというのは特異な仕事だし、短い期間であるならその期間住民とともに取組んでいただきたいというのが私達の希望。転勤は1人だと聞いていたので、2人転勤になるというのは今初めて聞いた。

市長:私も移動があるというのは聞いていたが、詳しくは聞いていなかった。昨日話し合いがあったというのも今お聞きしたので、話を持ち帰って@リアスさん等々と相談しながら、あとで自治会さんの皆さんの方へ改めてお話させていただきたいと思う。

市民:上中島自治会はいろいろ個人の事情等により、私1人で副会長をやっている状態。連絡員さんにとても支えられているし、私の代わりになっていろいろやってもらっている。連絡員さんは3月からで、まだ5か月程しかたっていないし、いつまでやれるかわからないが、せっかく出来た信頼関係をなぜ壊すようなことをするのか。辞めたところがあるなら、そこに人を入れればいいだけの話。せっかくここのようにうまくっているところをなぜ残してくれないのか。

市長:私達も中身をもう一度@リアスさんと相談しながら、出来るだけ皆さんの期待に応えられるように頑張ってみたいと思う。

市民:新しく家を建てる場合に200万円ほど補助金が出ると聞いたが、一旦復興住宅へ入った後に家を建てようといった場合、その200万円の資金は出ないのか。

都市計画課:災害公営住宅を経由して新築で建てられた方には出るが、市の今から創設される補助金については出ないという形になっている。加算金の200万円と県と市が合同でやっている加算金の100万円は出る。ガイドブックにも記載してあるので、参考にして欲しい。

市長:加算金は出る。一回公営住宅に入り、それから自宅を再建したいという思いは当然あると思うが、そうすると公営住宅へ一回入られる方が多くなると思う。そうすると出来るだけ公営住宅でずっと生活する方を優先した方が市としてもいいわけなので、家を建てられる方は出来るだけ最初の段階で家を建てる方向で検討していただきたい。加算金の200万円もでると思いますし、県の100万円もでると思いますし、市の方からも出しますということで、それで足りない部分については、融資の方も様々な制度がありますからそれを活用していただきたいと思う。皆さんどうしても土地の様子を見ながらと思うと思うのですが、それをやられると正直困るなというところ。公営住宅に入る基準と言いますか、短期間で出られるのであれば、出来るだけそちらの方向で検討をお願いしたい。

市民:自治会に携帯電話は渡されないのか。自分が見ていると実費で連絡などしているようだ。会長さんは何も言わないが、結構な額になると思う。

仮設応援センター:24時間ではないが各連絡員さんが各自携帯電話を持っているので、公的に使う場合にはそちらの携帯を借りて対応していただければと思う。

市長:本当に自治会の皆さんの協力には心より感謝しているし、今おっしゃられたように、時間と経費がかかっていることは重々承知している。経費のことについては携帯は別としても、その他の事業等については自治会の運営費の補助制度を設けたので、そちらの方をうまく活用していただければと思うので、よろしくお願いしたい。

市民:今運営費の話がでたが、補助はどうやったら受けられるのか。

仮設住宅応援センター:9月の上旬に各自治会の会長さんにお知らせを出し、その概要をお知らせする。補助金の方法と、例えば仮設住宅運営センターに欲しい物品を言い購入するというような方法とがある。体力的に十分な自治会さんは前者の補助金の方を、例えば今の段階では上限10万円とみているが、かなり手間にはなると思う。いろんな計画書から予算書等つくっていただいて、自分達でお金の管理をしてもらい、駄目な時には補正もするというような形になる。手間はあるけれども補助金が10万円というものと、各自治会2万円くらいになるかと思うが、物品が欲しい場合は応援センターの方に言ってもらい、センターの方で物品を買って自治会へ送るという方法の2通りを考えていて、どちらかかを選んでいただくと、そのような補助制度の形を9月頃にお知らせする。

都市計画課:助成は期限がある。いろいろなパターンが考えられるので、そのパターンに合わせて相談に応じるので、都市計画課に連絡をもらえればと思う。

仮設住宅応援センター:補足として、例えば復興公営住宅に入る段階で家賃が発生する。仮設住宅であれば、転居の可能性はあるが、光熱費のみとなる。仮設が制度として残る場合は仮設住宅に残るという選択肢もある。

市民:東部地区の下水道は現状どうなっているか。使用できるのか。

市長:港町は工事に入っていないので、まだ無理かとは思う。

市民:私は鵜住居だが、何年後に家が建てられるか。

市長:基本的に来年の4月から造成工事をしたいと考えている。神社前のあたりはかさ上げが必要になってくると思うので、かさ上げの工事に入るが、早いところ遅いところ出てくると思う。いずれ来年早々からそういう工事が始まって地盤をかさ上げして固めていき、その中で順次建てたい方がいれば建てていけるようになると思う。ただ、いつとは言い難いのだが、出来るだけ早したいとは思っている。一回に全部建てられるわけではなく、順々に造成工事が終わった分ずつ建てていくという流れになるので。今鵜住居の方々が集まって協議をしていて その間商店街の人達が、一画でお店を開きたいとかそういう話も出ているので、そういう事で使われて土地を使えないということになりかねない部分もあるかと思う。もう少し様子を見ていただければありがたいと思う。いずれ来年から工事は始まる。

市民:上中島にゴミ集積場は2つあるのだが186世帯が住んでいるので、ゴミの量が多く、平日は入りきらなくて落ちてくるような状態だ。年配の方も多いので、なかなか上げてからゴミを入れるのも大変。今一般のゴミ入れは、大きいものと小さいものがあるので、小さい方を大きい方くらいに、もう少し大きくしてほしい。

市長:それは早速センター長と相談して、出来るだけそのようにする。いずれそういったことがあれば、いつでも相談していただきたい。前にも各自治会の代表者の皆さんに集まっていただき、いろいろ協議・意見交換していただいた。その時にも運営の問題等、様々な課題だしていただいたが、今のようにまた説明しなくてはならない事がたくさんあるので、ぜひ自治会の皆さんには参加いただき、いろいろと情報を広めていただければと思う。
   今日は本当に皆さんからいろいろなご意見・ご提言を頂いた。皆さんからの声をこれからの市政運営に反映させていただきたいと思う。またなにより先程の公営住宅の問題、あるいは住宅再建の問題という事で、いろいろお悩みのところがあると思うが、出来るだけ皆さんの気持ちをくみ、期待に応えられるような復旧・復興に努めていきたいと思うので、よろしくお願いしたい。生活支援員をはじめ、直接皆さんとお話をする方の存在は大きいわけだが、そういった方々と市の方との連携がなかなか取れない状況だったので、今後直接話し合いをしようという事で、計画を立てている。せっかく皆さんに育ててきていただいた支援員ですので、これからももっと活躍をしていただきたいし、またできれば仮設が終わった後、それぞれの地域に戻った後も可能であれば皆さんの生活を見守っていただけるような存在になってくれれば嬉しいと思う。いずれ今日皆さんからいただいた意見を最大限尊重しながらこれからも取り組んでいきたいと思うので、よろしくお願いします。

  


(20:00終了)