場所 昭和園クラブハウス写真1 

日時 平成24年8月28日

参加者 39名


要旨


市民:仮設住宅の住民はみんな不安を抱えていると思うので、早期の復興計画の実施をお願いしたい。衣食住の確保が一番心配なところだと思う。今日は納得できない部分について質問させていただく。現状、計画では盛り土のところに新築の建物が建っている。なぜ確認申請をおこしているのか、なぜ市が強い姿勢をもって阻止できないのか、その辺を聞きたい。

都市計画課:震災以降、地盤のかさ上げや土地区画整備事業が想定されたので、建物を造ることは自粛をお願いしてきたが、条例等はなく規制できなかった。4月9日以降に条例・規制ができ、木造・鉄骨造二階建・鉄筋コンクリート造は建築の自粛ということで規制ができた。それ以前の建物に関しては自粛をお願いしていたが、規制はできなかった。

市民:それはわかる。現状の状態と、近い将来の状態と、条件が同じであればいいが、違った場合、裁判にかけても市の方が負けると思う。それで補償金を払うとなれば不公平が生じるし、税金の無駄使いになると思う。裁判になれば多額の公費がかかるだろうし、このことに関してどういう考えでいるのか。

都市計画課:補償金を払うことは考えられる。

市民:補償金を払うこと自体が不公平だ。現状はみんな同じ。役所が注意していなければならないと思う。後から解体命令など出せるわけがないと思うし、今の曖昧さは納得できない。規制や条例ができたと言っても現状としてもう建ってしまっているので、既成事実ができている。あと先程の昭和園グラウンドの件で、道路にかかっている人の住まいとしてここを確保すると言ったような話があったが、我々住民としては復興住宅を建てて欲しいという意向もある。道路に係る方々の住まいも必ず確保しなくてはならないと思うので、それに対しても復興住宅も今までのような公営住宅ではなく17階建てなどの高層住宅や複合住宅というのは考えられないか。総合的な開発はできないものなのか。なにかの参考にしていただければと思う。そして、鵜住居の話だが、今鵜住居では郊外に復興住宅等が建つ予定となっている。実際駅は機能していないが、駅周辺に人が集まらないと町も発展しないと思う。地権者の関係もあると思うが、ここにもある程度大きいものを計画すれば人も集まってくると思うが、そのような考え方はできないか。

市長:まず昭和園の宅地の話だが、現時点ではそういう方向で検討しているという事で、計画がきちんと出来上がった段階で、また皆さんに説明しながら意見をお聞きしたいと思っている。そういう方向で今考えているという事だけ念頭においてほしい。考え方の基本はここに復興住宅を建てるのではなく、前に皆さんが住んでいた場所に戻っていただきたいということ。被災していないところに住む、住まないは皆さんの自由だから、住めとか住むなとかいう話はできないのだが、市の方としては被災者の方々が元に戻るんだという事を前提としたいし、戻るためのいろんな支援はしたい。だが被災していないところにどんどん来られては、前住んでいた地域は空洞化してしまうだろうと心配している。なので大変申し訳ないのだが前住んでいたところに住んでいただきたいというところ。今まで新町や小佐野に住んでいて道路に該当する方には、同じような状況のところを確保しなければならないので、いわゆる被災していない場所を中心に宅地造成させてもらうと。被災した皆さんには大変申し訳ないが、前住んでいた場所に住めるようにするのでそちらの方へ移っていただきたいということで、この昭和園も復興住宅には使わないという考えでいる。そういう方向で考えているという事で、また改めて皆さんから意見をいただきながら検討していかなくてはならない。ただ被災者の方々を優先に考えなくてはならないのに本当に申し訳ないのだが、実は震災前から道路に該当する方々には立ち退きの協議をしている中で今回の震災があり、皆さんと同じような状況だという事をご理解いただければと思う。それから鵜住居の駅周辺の話について、今まだJRの線路の話も確定していないのだが、市の方としては出来るだけJRは鉄路復旧してほしいと、駅も新たに設置してほしいという事で、要は鵜住居の中心的な場所として位置づけたいと思っている。だから先程申し上げたように、鵜住居小学校・東中学校・駅周辺はやっぱり鵜住居の中心街として役割を果たして欲しいと思っていたし、公営住宅についてもそうした利便性のあるところに造っていかなくてはならないと思う。土地の権利者の皆さんと協議をしながら、どこに造るかこれから話し合っていかなくてはならないし、そこに土地を持っていた方々が話し合いをしている段階。皆で土地を出し合って、例えば高層ビルなど造ることも考えられるし、これは土地の権利者の皆さんがどのような形で決めるかという事で、市の方と連携しながら土地の利用の在り方については検討をしていく。検討は始めていて、まだ形にはなっていないのだが、地域の皆さんが取り組んでいるということをぜひご理解いただきたい。

市民:市内の繁華街も1mくらいの地盤沈下があるようだし、インフラの方にも相当影響があるようだ。釜石も仙台駅周辺のように開発できないか。

市長:ペデストリアンデッキのことだな。それを含め実はいろいろ考えていた。特に今回の震災で車で被災したり、渋滞のために身動きがとれない方が多くいたという事と、これからは大型商業施設ができたりして、従来の釜石以上に人の交流人口が増えるまちを作ろうという考え方をしているので今まで以上に道路が渋滞すると思うし、地震や津波ということになると道路をまたいで山の方へ逃げなくてはならない。今、中央防災会議というのがあって、出来るだけ津波襲来の際は5分で避難場所へ逃げる方法を考えるべきだという事を提言している。例えば海周辺で、5分では遠くて逃げれないというような場合には、そこの場所に高い建物、防災タワーや避難ビルのようなものを造ってそこへ逃げるという方法も考えなくてはならない。釜石の場合、特に東部地区は海と山がちょうど逃げれるような範囲なので、車の渋滞を飛び越していけば、非常に逃げやすい地形だ。仙台などでは仙台平野は広いので、津波に追いかけられながらも車でないと逃げられないといったような場所がたくさんあるのだが、釜石の場合は逆に車で逃げようと思ったら大変なことになる。車をおいて、走って逃げるという方法を考えなくてはならないので、今おっしゃったような歩道橋のようなものを町の周辺に張り巡らせるという考え方は非常にいいと思うが、ただ財源の問題が出てくる。そういうものを国の方で認めてくれるかというところで議論しており、釜石の場合、防波堤・防潮堤が出来るが港の方にさらに8mの高さの盛り土、通称グリーンベルトを作ろうという話をしていて、その8mの盛り土と避難場所をどう繋ぐかという話で検討をしている。いろいろと絵を描いてはきているのだが、その都度様々な障害があり、まだ具体的な話が出来ていないのだが、いずれ10・11月には話をしたいし、だいたいこの11月が目処だと思っている。いろいろな環境・条件を提示しなくてはならないという話をしたが、今年の末頃までに最終的な案を出さなければならないと思っている。これまでも少しずつ話はだしていたが、あくまでも「こうしたい」というような形で、財源の裏付けのないまま言っていた。国の財源の裏付けがとれて初めて言えるわけなので、出きるだけ早くそうできるように努めていきたいと思う。今ご提案いただいた歩道橋については、これから三陸沿岸の被災地域における3.11の教訓を生かしたまちづくりの大きなポイントになる部分だと思う。いずれかさ上げもしていかなくてはならないし、全部壊してかさ上げすればいいのだが、すでに建ってしまっている家もあって補償の問題等があり、思うように進まない所があるが、出来るだけ皆さんの期待に応えられるようなまちづくりに取り組んでいるので、よろしくお願いする。


市民:私は新浜町に住んでいた。元に住んでいた場所に戻ってほしいというが、新浜町はもう家を建てられない地域に指定されている。実際大渡から新浜町の被災者は、どこに住めるようになるのか早く教えて欲しい。また釜石の人口を増やしたいのであれば、やはり仕事がなくてはならないし、それに湾口整備もしないと魚もとれないので、そういう所から手をつけていかないと、夢みたいに人が来るようにと言っていても、仕事や生活の場がなければやはりよそに行くと思うし、とにかくどこに住めるようになるか教えて欲しい。


市長:今回皆さんに意向調査を出したが、2つ欠点がある。ひとつは土地の値段がまだ決まらないということ。だから自分の土地を売って、どこか土地を買うにしてもお金がないと。これは10月頃に不動産鑑定士から結果がでるので土地の値段は10月頃出せる予定だが、今の時点ではわからない。もうひとつはどこに公営住宅ができるかまだ出せないことだ。今回意向調査をお願いしたが、一番大事な条件というか周りの環境が見えない中で答えをいただきたいという話をしているので、わかってはいたのだが申し訳ないと思っている。ただ、いずれ皆さんに戻ってほしいという考えがひとつと、戻る数を我々としても知りたいところ。東部地区は1050戸のうち120戸という予定だが、120戸で本当にいいのか確認させてもらい、もし200戸であればその場所は○○と○○にする、という話をこれからしたいところ。場所は決まっていないが、数を見ながらこれから場所を決めていくので、決まったら再度皆さんに意見をお聞きし、そして10・11月すぎにもう一度調査したいと思っている。東部と言った時に、新浜町・浜町・大渡・大町等たくさんの地区がある。新浜町の人は新浜町の住宅に入るのが一番いいとは思うのだが、必ずしも土地が確保できるわけではなく、建てられない場合もあるので、新浜町の方だろうと大町の方だろうと、東部は東部のどこかに出来る公営住宅に入れるという考え。前に住んでいた「町」ではなく、大きなエリアの中で戻っていただくという考え方なので、東部と言ったときには大渡から新浜町のどこかに公営住宅が出来た場合、そこに入れるということ。だから新浜町の方も大渡に出来る住宅に入ることになるかもしれない。そして産業振興、雇用の場の確保が必要だが、現時点では、企業の方で求人を出しても人が集まらない状態だ。ただ正社員ということではなく臨時等での求人が多いのが問題。安心して働いて将来設計ができる雇用の確保が大事なので、企業誘致や地場産業の発展をもっと考えていきたいと考えている。これは震災前からの大きな課題。今回SMCさんや津田商店さんなど新たに設置されている企業があるが、100人位募集をかけても1~2人しか応募がない状況で、人手不足だ。これでは駄目なので、若い人が働ける場が必要だという事で、新たな産業や企業誘致をしたいと思っているが、被災地に企業が来るのはとても難しい。それでなくてもみんな環境のいい方へ行くわけなので、こうゆう場所にこそ来てほしいという事で、メリットをつくらなくてはならない。スマートグリッドや環境未来都市といった国の事業があり釜石も採択されているのだが、こういう被災地にメリットがないとこないという事で、そのメリットを少しずつ積み重ねていっているんだという事を覚えておいていただければと思う。これは釜石だけではなく、久慈から陸前高田まで被災地はみんな同じような悩みをかかえているので、本当は国の方でも抜本的な対策を講じてくれればと思うが、いずれ現時点では最大限の努力をしている。例えば先程もイオンの話をしたが、大槌のマストで従業員が250名程なので、イオンでは従業員が400人程度必要になると思うのだが、400人も集まらないだろうと思っている。企業を誘致しても働く人が集まらない。集まらない理由のひとつとして、例えば内陸から沿岸へ勤めに来たいと思っても、住む場所が無いなど次の課題がでてくるので、そういうことも解決していかなくてはならない。いずれ皆さんが次の本格的な住まいを確保していくと段々とそういう所も出てくると思う。今すぐ形になるものではないので、何年間かで動きながら、少しずつ前に進んでいくという流れになると思うので、少し長い目で見て欲しいと思う。ぜひ若い方々が釜石に定着するように市の方も頑張るので、皆さんもご協力お願いしたい。

市民:福島の原発の話だが、使用済み燃料は将来どうなるのか。一番適しているのは大橋鉱山の坑道だと思う。そういうものを再燃するといったような考えはあるのか。

市長:私が市長である限りは絶対にない。市の方としては何年か前に議論があって、私ではないが、最終的に釜石にはそういうものを持ち込まないという決議をさせてもらった。なので釜石には絶対に持って来させないという考えでいる。

市民:誘致すればお金がくると思うが。

市長:当時はそういう事があって青森県だとかはいろいろやったと思うのが、今原発に絡んでの様々な癒着だとかいう事が話題になっていて、必ずしも従来と同じようなメリットがあるかどうかわからないし、なによりメリット以上に失われるものが多い。これは私が決めることではなく、住民の皆さんが決める事だと思うが、この三陸の海があり豊かな自然がある中で、釜石が核の貯蔵庫を持つということは絶対にありえないと考えている。

市民:私は片岸に住んでいた。市にはいつもお世話になり感謝している。配られた図面の土地利用計画を見ると、家屋がきれいに並んでいて結構なことだと思う。ただ都市計画では私の家の上のトンネルから県道に向かって家が建っているのだが、土地が広いため市では宅地として認めないということだった。資料等は都市計画課の方に渡しているが、ここは緑地や公園ではない。なぜ宅地として認めてくれないのか。土地計画には入れないでほしい。

市長:ここでは図面もないしはっきりとした回答が出来ないので、個別の件に関しては後で担当者の方とご相談いただきたい。結論から言えば今やろうとしていることは、皆で土地を出し合ったりという事により、いろいろ変わってくる。いずれ道路になったり、いろんなものが建つわけなので、権利は残るが場所は変わる。自分の土地の権利は残るが場所は変わる。区画整備事業というのはそういうやり方。決して権利がなくなるわけではなく、場所や面積が変わるということなので、ご理解をいただきたい。自分の土地のことですから、いろんな想いがあると思う。事情もいろいろあると思うのだが、それも踏まえながら町の再生のために、ご協力をお願したい。これから地権者の方々と個別の話をしていくのでよろしくお願したい。

市民:若い人を募集しても応募がないというのは、やはり臨時の求人だからだ。賃金が安いというのも不満なので、ずっとそこに居れるような募集をしたら若い人からも応募がくると思う。今のままでは魅力のない募集の仕方だと思う。

市長:まさにその通りだ。今釜石市で会社を興した方がいいのではないかという話もある。民間の企業が厳しいのであれば市の方で雇用を確保していくというような事を考えているのだが、ただ、復興の期間なので長くても5年、場合によっては10年くらいになるかと思うが、いずれ5年程の短期間であれば国の方の様々な助成等を利用しながら復興に向けたいろんな事業を展開していく会社を立ち上げなければならないと思っていた。例えばさっき公営住宅の話をしたが、今は1050戸の予定でも意向調査の結果2000戸になるかもしれない。2000戸の公営住宅を管理するのは今の市の職員ではできないので、管理・運営するところを作らなくてはならない。まちづくり会社のようなものを作って公営住宅の運営はそこでやってもらうという事にし、そこで働く方々を募集するというようなことも考えなくてはならないと思っていた。これも結局市が給料を払うわけで、今言ったように5年位は国からの助成があるかと思うが、その後のことを考えていくと、この5年間で次の就職先を確保できるような道筋を作っていかなくてはならないという事で考えている。

市民:この昭和園の仮設にこれからあと何年いるような状態になるのか。土地の単価がわからないと言っているが、土地は市のものではなく個人のものだ。土地の単価が決まって、それから造成が始まる。何年かかるのか。

市長:前はどちらにお住まいだったのか。

市民:箱崎だ。

市長:箱崎だと防災集団移転事業なので、前お住まいだった場所には家が建てられないので、別の場所に家を建てていただくという事になる。これから造成を検討させていただくということで、前住んでいたところは市が買い上げる。買い上げたお金で新しく造成した土地を買っていただいて、そこに家を建てていただくということになる。前住んでいた場所の買い上げ金額によって、また新しく造成した場所がいくらかという事によって、土地を買うためにお金を出して、またさらにお金を出して家を建てるということになると大変だろうと思う。その単価がまだ決まっておらず、新しく買う方の値段は少し遅くなるかもしれないが、いずれ買い上げの方の値段は10月頃に出るので。市の方としては箱崎なら箱崎の方が前住んでいたところの土地を売って新たに造成した所を買う時にその差額が出来るだけ少なくなるように、要は造成するので値段は高くなる。被災した場所より新しく作った土地が高くなるのは当然なのだが、坪単価が5万円のところ10万円の土地を買わなくてはならないとなると大変なので、その差額をできるだけ少なくし、市に売った値段で土地が買えるようにいろいろ取り組んでいきたいと思っている。これは場所によって価格は違うわけなので、東部の人が東部に土地を買って差額がでないように、箱崎の人が箱崎に土地を買って差額が出ないようにということで、単価は違うが持ち出しが少なくなるようにしたい。我々も努力するのでご理解いただきたい。それがいつになったら建てられるんだという事で、今明言はできませんが来年度からは工事が始まるようにしたいと思っている。これは場所によりけりで、造成したところから家が建てられるので、最初に工事に入って建てられる方と最後に造成が終わり建てられる方では何年かの差がでると思うが、早く家を建ててだいたい形が見えてきたなというのが、3年後にはそういう形にしたいというのが我々の願い。早い人は来年にはもう家を建てるかもしれませんが、3年後を目処に大方の人達が家を建てれるようにしたいというのが思いだが、場所によってはもっとかかってしまうかもしれない。その間どのくらいかかるかわからないが、仮設から出て行けということはないので。別の仮設への移動はお願いするかもしれないが、出て行けということはないので心配しないで欲しい。仮に自分が行かなければならないところの土地の造成が10年かかったのなら、10年は仮設にいられるようにする。10年というのは例えだが、いずれ仮設は心配しなくても結構だ。

市民:東部はそういう事はないのか。東部をかさ上げして売るとか。

市長:東部は先程言ったように、自分の土地を提供してもらい区画整備するわけで、面積が小さくなったり土地の場所がちょっと変わる場合もある。今言ったような土地を売って別の場所にということは基本的にはないのだが、一部例外がある。例えばイオンが出来る中番庫の周辺の地域については、市が特別ある一定の土地を買い上げ、そこに駐車場を作るというようなことはある。そういう制度もあるのだが、東部地区全体はそういうことはできない。そういうお金を国では出さないが、一部なら負担してくれるという話があるので、その制度は使いたいと思う。そこのエリアの中に該当した方はもしかしたら市が土地を買い取って、別の場所に土地を求めてもらうという事もあるかもしれない。さっき公営住宅の入居基準の第2番目に道路に該当した方と、復興事業に該当した方ということで、話をした。土地は市が買い上げたけど移転先がないとか、どうしても公営住宅がいいといった場合には入居の第2番目にありますから、そういう方も公営住宅に入れることになる。

市民:かさ上げした個別な土地を市が売るということはないのか。

市長:売るということはないと思うし、売るより市が買いたい。市が買ってそこへ公営住宅をつくるとか、あるいは今言った該当した方々のための移転先・代替地として、あるのであれば市の方で確保して用意をする準備をしたいと思っていたが、なかなか難しい。

市民:幸楼の近くの方は、土地が広いので利用出来るかと思ったのだが。

市長:幸楼近辺はいいのだが、海側の人達は人が住めない場所になるので、その方々の土地がなくなる。代替地として提供してくれるのならいいが、元々住んでいた場所なので、そこを他の人の為に提供するのはなかなか難しいと思う。だから土地を持っている方々に協力してもらってそこへ公営住宅を建てていただくとか、同じ面積でも公営住宅を作っていただければ、何世帯も入れるわけだから、そういうことは考えられると思う。いろんなケースがあるし、土地の権利者の方の協力が必要だ。自分の土地は絶対駄目だと言う方もいれば、協力してもいいと言う方もいると思うので、その辺はこれから地権者の皆さんとの話の中で、ここは公営住宅にしようとか、宅地の代替地にしようというようないろんな話が出てくると思う。ただ釜石全体でいうと、特に東部地区は土地が無い中で被災により使えない土地が増えたということで、非常に厳しい状況の中で土地利用をやっていかなくてはならないというのは間違いない。これからもっと大変になってくる。皆さんには早く早くと言われる訳だが、最後は地権者の皆さんの同意がなければ前に進まないので、それがこれから早く進むかどうかの大きな瀬戸際になってくると思う。

市民:私が住んでいたのは魚市場の前で、住宅の建設は無理だと言われ、土地利用もないのに税金は納めた。これからもずっとそうなのか。

仮設住宅運営センター:被災した土地の固定資産税は免除になっているが、被災していない土地を持っている場合には税金はかかる。例えば東前にいて、西の方に家屋を持っているだとか。

市民:全く持っていない。

市長:ではあとで確認させていただく。いずれ魚市場近辺、浜町・新浜町・東前の海沿いは人が住んではならない場所に、産業用の土地にしようということで今計画している。ただそこに住んでいた人達はどうするんだという事で、その方々のための代替の土地をこれから確保していかなくてはならないが、同じ東部の中にそれを求めるというのは至難の業だ。おそらく困難だと思うので、結局公営住宅に入っていただかなければならないと思う。だが今度は公営住宅を建てる土地がなく、土地を提供していただけるかどうか地権者の皆さんと協議していかなくてはならないので、大変申し訳ないのだが、あの近辺の土地は買い上げをする。お金は払うが、そのお金で新たな土地を東部に求めるのは難しいかと思う。なので公営住宅に入っていただくのが一番いいのだが、やっぱり自分の土地が欲しいのであれば、別の場所で確保していただかなくてはならないという問題がでてくる。東部で土地を確保するために我々も努力するが、その結果どうしても期待にこたえられないという事であれば、次のテーマとしてその対策を考えなければならない。今は東部の方は東部に住めるように努力したいということで、覚えておいていただければ。

市民:私は元は箱崎に住んでいた。先程から市長の話を聞いていると、元の土地に帰ることが優先ということをおっしゃっているが、障害があったり、家族が高齢だったり、子どもが幼いといったような事で、防波堤も完備になっていない今の状況で元の場所へ帰るのは不安だという家族の意見もあり、釜石の公営住宅に申し込むことを決めていた。でもそういう市長の話を聞いていると、私達はどこへ行けばいいのかといったような感じになる。そして箱崎は前に聞いた話では、戸建ての建物よりもアパートを3棟建てるような話があった。現在は一戸建てが40戸となっている。今箱崎の仮設に住んでいる人達は80弱位いるので、今の状態では私たちが釜石から行っても入れる予定も枠も無い状態だと思う。今回の意向調査で数を増やしてもらえるのかお聞きしたい。

市長:今回の意向調査はその通りだ。改めて希望を聞き、当初の予定では40戸の予定でも皆さんから100戸の希望があれば100戸造るためにお聞きしている。そうは言っても1000戸の予定に10000戸というようなとんでもないような数字が出てきた場合はまた考えなくてはならないので断言できない部分はあるが、可能な限り皆さんの希望に添えるようにするための意向調査だ。たださっき言った通り箱崎に戻るには問題があったり、もっと安心な、例えば東部地区に行きたい、被災していないところに住みたいという方も当然でてくると思うのでそういう考えもぜひ出していただきたい。今現時点では被災していない内陸の方には公営住宅はつくらないという考え。野田と上中島には作ることは決めているが、これ以外のものは作らないという前提で、皆さんが以前に住んでいたところに戻っていただきたいということでやっている。ただ内陸の方がいいんだという方もいると思うので、そういう方はその気持ちを記入していただきたい。そういう方々の人数もある程度把握できれば、野田と上中島にしか作らないというものを、もしかしたら造らなければならないかもしれない。ただ、内陸にも造るということを言えば、元の場所に戻る人が少なくなるのではないかと心配している。皆が皆、内陸がいいということになったら、もう箱崎などの漁村集落は消滅してしまうと思う。消滅しないためにどうしたらいいかという事で、元住んでいた場所へ住んでいただきたいと考えているが、住むにあたっていろんな障害があると思う。買い物をどこでしたらいいか、病院に行くにはどうしたらいいかというような課題があるので、バス路線をつくるなど問題を解決していかなくてはならないと思うし、生活の利便性を考えなくてはならない。今皆さんに一緒に提示できればいいのだが、そこまでまだ言えない段階なので、意向調査をしながら改めて数が出てきたら、意向に沿えるような仕組みにしたい。途中の意向調査ということは間違いないので、ご理解いただきたい。東部地区はもう空地が無い状態。被災した土地を活用していくのが、これからの釜石のためにもいいのではないかという考えで進めているので、ご理解いただければと思う。ただどうしても戻れないという方もいると思うし、それも承知しているので、そういう方々の道すじも用意はしたいと思うが、今はとりあえず戻るという前提の中での意向調査だということ。

市民:防波堤の完成時期はいつ頃になるか。

市長:防潮堤は5年の見通し。防波堤も5年でつくることになっており、すでに1年経過しているので、計画では後4年で。防波堤の方は出来るかと思うが、防潮堤の方が厳しいかと思う。釜石だけではなく全域なので。

市民:帰りたくても、もう年をとってしまって帰れなくなる。

市長:防波堤ができないうちは住めないかという事とになると、それは安全とは言えないが、住む方々の自助努力で住めるのであれば住んでいただくとか。さっき3年と言ったが場所によって高台であれば防潮堤ができる前でも住める場所はあるが、基本的に海沿いは5年程かかる。防潮堤を工事している最中に家を建てる格好になるので、安全だとは言い切れない中での移転が始まることになると思う。市の私の立場からすれば、安全になってから移ってくださいとなるが、そうは言っても今まで仮設におられてずっと苦労してきているなかで、早く家に帰りたいという方々の気持ちにストップをかけるわけにはいかない。その点で防災行政無線のデジタル化という事もあって、非常に前よりも高性能の行政無線が配布になるので、そういった周りの環境を整えながら、防潮堤がまだ出来ない中でも避難行動がきちんととれる環境の中で移動してもらう事になると思う。

市民:自治会が発足されて来月で1年ほどになる。これも役員さん方のお陰だし、協力の元なんとかここまで来た。ただ生活が落ち着いてきたせいか分からないが、最近不平不満が出てきている。ここは220~230人がいるが出来れば調和のとれた自治会にしたいと思っている。それぞれ意見はあるが、なんとか調和をとり、3~4年後になるとは思うが移転したいと思う。それにはどうしても団地をとりまく団体、中妻生活応援センター・仮設住宅運営センター・@リアス・社会福祉協議会等の協力が得られなければ、自治会としての機能が麻痺すると思う。これからいろんな課題を抽出するので、いろいろな側面からぜひ強力なサポートをお願いしたい。

市長:最後にとても重要なテーマを話していただいた。仮設での生活の中で安心して、また仲良く生活していただくのが一番大事なところ。市の方としても今おっしゃたような生活応援センター・仮設運営センター・社会福祉協議会、それから今は@リアスの方に生活支援員の方の管理をやっていただいているが、市が出来ない部分たくさんあるので、そういった団体を通して皆さんの見守りを進めている状況。しかし、やっぱり個々のおかれている状況は違うし、考えも違う。本当にいろんな方々が集まっている。だからこそ逆にやれることもたくさんあると思うので、ぜひ皆で勉強し、忌憚のない意見で話し合いをしながら自治会の運営の方も進めて欲しいと思っている。この1年間皆さんのご支援をいただき、こうしてまとまっていただいたので、引き続きこれからもお願いしたい。宅地造成が進むにつれ、どんどん環境が変わってくると思うし、いろんな見通しを立てながら、ここ2~3年になるので、皆で生活してよかったと思えるような仮設団地にしていただきたいと思っているし、その為の努力は市の方でも、これからもさせていただきたいと思っている。よく言われるのは大学の先生やボランティア等が来すぎてうるさいというような団地もあるので、そこは市の方で調整させていただきながら、出来るだけご迷惑・ご不便かからないようにしたいと思っているし、自治会の皆さんで話し合い、市とも連携しながらやらせていただければありがたいと思う。最後になったが、生活支援員の皆さんの努力でなんとか市内の仮設の見守りも進めさせていただいていて、孤独死の問題に関しても釜石ではそういう話はあまり耳に入ってきていないので良かったなと思っている。しかし課題はたくさんあり、皆さんのお力添えをいただかなければ手の届かない部分がたくさんあるので、隣近所の見守りが大事になると思う。平田の仮設のように入口が向い合せになっていて、なんとなく隣の人の様子がわかるようになっている団地もあるし、あるいはサポートセンターというのがあって、そこが見守りをしている団地もある。どれがいいかは様々だが、いずれ最後はどうしても隣近所が大事になってくると思うので、ぜひ皆さんで和気あいあいと生活していただければと思っている。なにか課題があるのであれば、自治会を通してでも直接でも結構なので、仮設運営センターの方にも言っていただければと思う。さっき言った公営住宅や意向調査、様々な事について必要なことがあれば担当者がきて説明会等も開催させていただきたいと思うので、その際は遠慮なくご出席いただければと思っている。本日はありがとうございました。

  


(20:00終了)